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:
「考える」管理人◆日野★
:2017/02/07(火) 13:13:39
>>55
の続き
そのうえで、
>>54
で触れられた鹿島神宮の問題について述べさせていただきます。
この問題も、現在、私が関心を持っていることでした。と言いますのも、私は現在、『倭国は輝いていた』という小説を書いています。
『倭国は輝いていた』
http://ncode.syosetu.com/n3118dl/
この小説を書く上で、当時の中臣氏と蘇我氏・物部氏との関係は重要なポイントでした。でないと、聖徳太子から大化の改新に至る謎を説明できない――そう考えたのです。
ところが、その「中臣氏」が「見えない」のです。『日本書紀』をいくら読んでも、系譜も断片的にしか出て来ないし、意図的に「消されている」と思われる節もある。
唯一、『古事記』『日本書紀』で「断定的」に(見えるように)記されている部分は、「中臣氏は天児屋命の子孫である」ということですが、これも怪しい。
というのも、中臣氏の血統には大中臣氏と藤原氏の両家がありますが、どちらも天孫族系の顔をしているように見えない。こういうと「主観的な判断」と思われるかもしれませんが、客観的な証拠があります。
それは、春日大社です。ここの御祭神は、
1.鹿島大神
2.香取大神
3.天児屋命
という、順になっているのです。「藤原氏の氏神」であるにもかかわらず、「祖先神」のはずの「天児屋命」が「第3位」とは!明らかに、怪しいわけです。
そういうわけで、関東地方と中臣氏の関係がかなり大きな古代史の謎を締めている、しかも、それが大化の改新や聖徳太子の謎を解く手掛かりになるのかもしれない、というわけです。
機会があれば、鹿島神宮や香取神宮にも参拝させていただきたい、と思います。
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