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雑談スレッド
190
:
Seven
:2004/06/14(月) 23:16
>>186
>「誰が」言うているかについてオレなんかよりよほどこだわった発言している知り合いがいてね。
>鳥山仁というひとなんだけど。
>Seven氏に紹介してみたいんだ。きっとオレに意見する5倍くらい意見しなきゃ気が納まらないんじゃないかな。
なるほど、するとカマヤンさんは「5分の1」は鳥山さんと同じ事をしている、と自ら認める訳ですな。この種の相対論モドキは、5倍だろうがなんだろうが、「基本的には同種の人間」という前提が無いと成立しない理屈ですから。即ち、程度の差こそあれ、
「発言者と発言内容を区別できない。近代科学の基礎理念を理解できない」
人間であると、カマヤンさんは自ら告白なさる訳ですな。
こいつは、「自己正当化の為の自白」と呼ばれるロジックです。例えばとっ捕まった泥棒が、
「俺よりXXの方が5倍も盗みに入っているぞ!」とか、
「俺なんかを捕まえるなよぉー。もっと悪い奴が沢山いるだろぉー。そっちを捕まえろよ、税金の無駄遣いだろ」
とかほざいたりするのと酷似してます。つーか、そのものです。
無論ながら、この理屈は「自分が犯罪者である事を暗に認めている」のですから、他に悪人がどれほどいようとも、御本人がこれで免罪になる事なんざ絶対にありゃしません。ところが、不可解にもこの理屈を振り回す当の本人は、これで自身の過失が免責されると、本気で信じていたりします。その理由は、自身の主体性という物を完全無視している点にあります。即ち「俺がやっている事は、俺の意志にあらず」という珍妙な自己認識です。その結果、この種の人は極端に外罰的になります。つまり、自身がしでかした過失やら失言やらが問われているその時でも、「もっと悪い奴」を例示すれば、責任追及の声が全部そっちへ流されるだろう、と信じ込んだりします。もしくは、とにかく「誰か他人のせい」にしようとします。何故ならば、この種の人には主体性が無く、「俺がやっている事は、俺の意志ではない」のであり、故に責任も無い、というのが大前提になっているからです。お陰で、上述のようなロジックが事実上の「自白」に当たるという現実をそもそも認識できないのです。要するに、異様なまでの無責任さを出発点とした理屈なのです。
尚、一応言っておきますが、自身の主体性を完全無視するなんて芸当が出来るのか、と問われる人がいるならば、「そんなに珍しくない」と答えておきます。極例を挙げると、統合失調症における「させられ体験」なんて症状に行き着きます。
また、この「極めて外罰的」という特性は、カマヤンさんが日夜戦っておられるという、規制推進派の態度にも非常に似ています。なにしろ彼らは、何か犯罪が起こると、犯罪者自身の主体性に基づいてその責任を問うのではなく、「メディアが悪い」という具合に外罰に走るのですから。
上述のような事を良く考えて、もう一度自身を見つめ直す事をお勧め致します。
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