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雑談スレッド

175Seven:2004/06/04(金) 00:39
(続き)
 ミチューリン主義の中心人物として台頭したのが、トロフィム・ルイセンコでした。このルイセンコという男は、実際に面会した経験のあるS・C・ハーランドという遺伝学者によると、
 「ルイセンコは植物生理学でも遺伝学でも、初歩的な原理ですら全く理解していない事は明らかだった。話しかけても、全く通じなかった。まるで九九を知らない人間と微積分の議論をしているかのようだった」
 ……てな具合の人物だったのですが、レーニン勲章を授けられ、ソビエト科学界の頂点に君臨するようになります。何でかというと、それははっきり言えば、この男の政治的能力、もっと言えばゴマスリ能力のお陰でした。ルイセンコは1948年に開催された学会の会議で、一万二千語にも及ぶ長大な演説をかまし、メンデル主義者を、
「反動的、退廃的、資本主義の前に跪く汚い奴らで、ソビエト人民の敵」
 だと滅茶苦茶に罵りました。これの何処が科学的議論なのかは全く不明ですが、ともかくこの男は党のお偉いさんから拍手喝采を浴び、共産党がミチューリン主義の勝利を宣言するという事態になりました。
 これでもう、メンデル主義者、つまりまともな科学者には、行き場が完全に無くなりました。僅かに残されていたまっとうな科学者達はクビになるか、どうにも痛ましい自己批判の文章を公表する羽目になるか、はたまたこの世から退場する事になったそうです。要するに、科学的議論が全く封じられたのです。ルイセンコはもはや単なる研究者ではなく、その背後には党と国家の威信とメンツがあり、ルイセンコの理論、ミチューリン主義への反逆は、党と国家への反逆だったのです。つまり、「理論構築者の素性・立場とその理論が完全一体化されていた」のです。別に国家への批判が自由な国も多々あるんですが、それでもこんな事態はトンデモとしか言いようがありません。
 この後もルイセンコが撒き散らした害毒は、後々までロシアを痛めつける事態になるのですが、まあそろそろ筆を置く事にします。とにかく、繰り返しますが、
「発言者の素性・立場・政治的姿勢から、その発言の真偽を判断するのは駄目」
 なんだという事を理解して頂ければ幸いです。


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