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自覚の方法に関すること

258高山:2015/01/05(月) 22:45:09
>>252

慧空さん

回答いただき、ありがとうございます。
助かります。

>>考えとは私(自我と言ってもいいです)そのものであるということになります。
そしてここが、、考えや私という存在に対する理解の限界点になります。
考えや私という存在について、それ以上追求することは不可能なのです。

なるほど。
たしかに「考え」について「考え」で答えることはできないですね。
「考え」を「考え(言語の分節機能?)」で分解しようとしても、分かちようがないというか。

>>彼ら唯識派は肝心要のところで、
私という絶対的なものが有ると言ってしまっていますので、私の理解とは根本的に異なります。

この認識がありませんでした。
唯識とは「全てが意識」で、「私」もその中に溶けて一体化するのだと認識していた。
でもそれだと「私」が「全てが意識」になっただけで、いぜん「全てが意識な私」として残っているのか?
ヴェーダの「梵我一如」のように、「小さな自分」が「大きな自分」になっただけで…。

理屈で考えすぎかもしれない。
考えを手放す時間を増やしてみます。
ありがとうございました。


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