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(悲報)異端とおぼしき教会

22中川誠一:2014/04/29(火) 17:03:17 ID:JQqp0Nzc0
エシュコルさん  あのね、赦されないと牧師何て誰一人できるものでないです。不祥事のない牧師何ていないというのが、私の持論です。不祥事を起こしていないというのは、単に人の目に見えてないだけで、神の前に不祥事だらけです。だから、悔い改めが必要で、私は教会の人たちの場合もその不祥事は責めません。教会は生かすところで、殺すところでないからです。
教会によって牧師は育てられるというのもあるかも。
まあ、教会が抱えきれない大事であれば、問題は別になってきます。
私はterrorの問題と言っているのですが、つまり恐怖です。
その牧師が牧会につくことが恐怖を起こし続ける場合です。
この問題をややこしくしているのは、たいていの牧師が信徒より偉くなってしまっているから、不祥事を起こしてもまだ偉そうにしたのかと考えるのかもしれません。
牧師が偉くなってしまった弊害です。
本来、牧師はもっとも低く小さくあるもので信徒との境何て持ってはなりません。
少なくともプロテスタントの精神はそれです。それでいて、何かあったら真っ先に矢面に立ったり、責任を一身に負います。
牧師を威張らしている教会は、牧師が不祥事を起こしたら赦しません。
うちのように、私が不祥事の固まりであっても、私は赦されて講壇に立っています。
ちなみに、不祥事で追放された牧師でも、小さい者として私の教会の羊たちのために命を捨てて羊たちを守ってくださるなら、うちの教会ではきっとやっていけます。
まあ、そんな教会があってもいいと思ってやってます。
ビュン氏が裁判で負けて再起不能となったらオファーをかけます。彼にとって私は敵だからOKしないでしょうけど、彼が最後本当の意味でキリストに命を捨てて本来の召しに応答したいというならうちの教会には可能性があるかな。
実際、ビュン氏の元でやっている牧師にオファーをかけています。ビュン氏をかばい続けることを使命とせずに、ただキリストだけに仕えたければうちに来てくださいと伝えました。
まあ、彼女はあの教会を守ることに命を捨てようとしているのでしょうけど、もったいない。
せっかくキリストに捧げた命が生かされないのは、本当にもったいない。


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