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俺が統合失調症を発症した時の話するの続き
224
:
霊的なうんこ
◆Zx91rKO.Z2
:2014/05/14(水) 04:14:24 ID:z6Xl.VRM0
偽者の弟子は偽者の教師にしか会えないって言ってた覚者がいた
そいつによれば、そういう段階がその人に必要だから仕方がないんだってさ
この掲示板のさとりスレもチラっとみてきたら本気の奴がいないじゃないか
ところで俺は、かつて本物の弟子であろうとした
真剣だった。せっぱつまってたんだ。大真面目なんだよ
道教も禅も気功もヨーガもカバラも物理的なショックを体に与える方法だってなんだってやった
俺が薦めた本を読んでみろよ。俺がどんだけ的確に向いてるものを勧めてるのか分かるから
ちなみに俺はもう解脱してる。悟りを開いてるっていい方してもいいし、解放に到達したといってもいい
本当に満足したんだよ
たこ助さんに第二の世界云々って書いたけど、解放に至るためにはあらゆる身体が使える
第二の体(いわゆるエーテル体)を使って全体までいくニルヴァ−ナが只管打坐、禅の悟りなんだよ
本当に私がいない私までいけば身心脱落なんだ
ちなみに第二の体は第二のチャクラの位置と深いつながりがあるから腹がどうの丹田がどうのって話になる
第二だとか第七だとかいうと上下的に捉えがちだけど全て欠けることはありえない神のグラデーションなんだよ
解放に至る方法は無限にある
ひたすら知恵を研鑽することで窮極に到達する主に肉体的な意識だけをつかった方法すらある
俺はそれは極めてないけど、結局、それも最終的に悟りの方から降りてくるらしいね
俺が最初に梵、ニルヴァーナ、ブラフマンに到達した方法は、
自作の脳波誘導装置とヨガの行法を使って幽体離脱してから、
そのアストラル体(肉体から数えて三番目の体)でクリヤヨガをして、
クンダリーニを上げて一緒に第四のクンダリニーも上げり
頭頂から光を第六の身体であるアートマンまで引き上げた。
第一と第二のクンダリーニは上げなくても行けることがわかった
そうなると死後の幽霊でもその気になれば修行が続けられるわけだ
そこから第六と第七がまるで裏表のように一つであることがわかった
無と有はひとつだった。あらゆる個別性、あらゆる私は幻であって夢だった
最初から悟りしかなかった。迷いの世界も悟りでできていた。
しかし迷いの世界は永遠に迷っていた。でも本当は全部が悟りの中にあった。
矛盾してるように聞こえるかな?
言い換えると迷いの中にあるものはなかなか悟りに気づけないってことだ
とにかく俺は、それから本当の私になって…悟りが何か分かった
俺が悟ったんじゃない、本質的な私自身に戻ってきた私が悟りと同じになったということだった
俺が神のところへ昇ったのか、神が俺のところに降りてきたのか…
それは同じことだったし、別に悟りを自覚する前から実はそうだった
どちらが上でどちらが下だったのか、磁石がひっぱりあうようにくっついた
もう一人間の価値観を必死に満足させるために生きていく必要がなくなった
残りの人生を死ぬまで道楽し続けるだけになった
何もかもが巨大な流れの中できらめくカスだった
なーんの価値もないといえばそうだった
幸せな奴も不幸な奴も全員、本当の私が作り出し続けてる幻だった
俺の個別性すらそうだった
もう誰にも何にも大した影響なんか与えようとは思わなかった
その原動力もなくなったし、一個別性の俺のために何かがどうにかなる必要なんか無かった
つまり俺は自由だったのだ!
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