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元文学青年の俺が世の中の俗物を徹底的に馬鹿にするスレ
62
:
元文学青年の俺
:2025/10/11(土) 11:53:34
さて、谷川の
>>16
の詩についてももう少し語ってみる。
この詩の「俺の上にあの俺のただひとつの敵 乾いた青空がある」の「青空」は「虚無」・「世界の
無意味さ」の象徴と考えることができそうだ。ビリイ・ザ・キッドは生涯、この「虚無」・「世界の
無意味さ」と闘った。そして、今、死にあたってようやくその闘いは終わりを告げることになる。
「俺は帰ることが出来るのだ もう青空の手の届かぬところへ 俺が戦わずにすむところへ」。彼は
「世界の無意味さ」から解放される。自分が死んで、自らが世界の一部となってしまうからだ。
このビリイ・ザ・キッドの、「世界の無意味さ」との闘いとそれからの解放としての死は、自分には
どうしても三島由紀夫を連想せずにいられない。すでに述べたように、三島は「美」・「永遠」・
「絶対」を追い求めた。つまり、「虚無」・「世界の無意味さ」にあらがった。
もしこういう解釈に多少の真実が含まれているとすれば、「三島の霊よ、安らかに眠れ」と祈らずには
いられない。
そして、この詩のビリイ・ザ・キッドや三島由紀夫に自分が心惹かれるのは、口幅ったいことながら、
自分もまたそういうタイプの人間だからである。
日々、「虚無」・「世界の無意味さ」あるいは「世界の無関心」と自分は戦っている。生きている
限りこの戦いは終わらないのだ。
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