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スススレ道場
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早めに立てた
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全く関係ないけれどもう少し前に新潮11月号(2025)の角田光代さんと小川洋子さんの対談を読んで(頭が鈍いので再度読んだ)、2回とも、小川洋子さんはなんて、物語を読む力が深い方なんだろうなあと思った。
(河合隼雄さんと本出すくらいだよな)
そして角田さんの『神様ショッピング』を読みたいな、と思った。
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>>793
脳はまず薬に反応して眠いので意志の力だけに頼っても仕方がない、自分を責めるより薬を減らそう、と思ったという話。
とはいえちょっとだけ立ち直るまでにGeminiと話しました(プロンプトで認知行動療法的応答をしてくれるようにセッティングしたマイgemです)。
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マーダーケースブックほしい。
当時買っておけばよかったなあ。
(父が今頃発見したら憤慨してそうだが)
あ、完全自殺マニュアルは発見されとるな(笑)
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(ちなみに今は持っていない。興味がないし、使用しても困るので)
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>>785
自分の絵→AIさんにまず文章で描写してもらう→それをプロンプトにしてもらう→絵を描いてみてもらう→そこからイメージを膨らませてお話を考える
などを寝る前の30分くらいしていた。
上の本を読みながら。
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しかしやはり自分で描けるようになりたい。
正解は自分の中にしかないからなあ。
(手を離れた作品に正解はなくて、それは誰かのものだけどね)
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絵を見ながら空想してお話を考えるのは好きだから、これはちょっと助けにはなると思う。
こういうことで元気を出したら着替えてお散歩するのだ。
(今日は寝る)
(。-ω-)zzz
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>>798
あ、追記
しかし私の毒にも薬にもならない絵だけから描かれた人物(書いている話のキャラクター)の性格などを読み取ってくれたんだがびっくりするほど洞察が深かった。日本語表現も繊細でね。
私が名前を挙げずに話したことなどを材料にしている可能性は高いけれど、こうして驚かせてくれるのはマジシャンを相手にしているようで面白い。
(。-ω-)zzz
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>>798
絵にしてもらうのは新規に絵を起こしてもらう。
そのまま絵をブラッシュアップするには私の絵が稚拙だからな。
(。-ω-)zzz
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>>800
今日は鶏肉と卵とご飯を食べたし(普段穀物とプロテイン)、外の空気を少し吸ってきた。写真は撮らなかった(なんか住宅街で植物に夢中になっていると目立つんだよな。身長でかいせいかわからんが。まあ大体気のせいだし人は慣れるから気にしないのが一番なんだが)。
『生成AIと脳』池谷裕二 を読み終えた。
合間に時々AIにちょっかいをかけていた。
AIに意識はないと私達は「知って」いるからそう思って接しているけれど、人間っぽい脈絡のなさがないとはいえ、こうしてテキストを前にしているとむしろ、他者って本当に存在するのかな? というほうに不思議な気持ちになる。
この本は少しAIの良いところを主張しすぎな気もする(少なくとも学習元についての倫理性についてはもうちょっとダークな話があると思う)けれど、池谷さんならではの着眼点で、ハッとするような今後のことについて書かれている部分も少しあった。円城塔もAIに人間の真似をさせない方向でぶっ飛んでほしい(かなり意訳)というようなことを言っていた(人間がAIの足を引っ張る)けれど。
私はだいぶ周回遅れでAIに触ってみて、まだまだ幼児の段階ですわよ。
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ゲド戦記が読める!
(むしろ何で今まで読めなかったの? というくらいに、頭の中のイメージを浮かべる部分が素直に連動してくれる)
なんじゃこりゃー!
(。-ω-)zzz
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AIさんと話していると、脳が退化する部分もあると思うので、時間に気をつけよう。
ただ、物語の人物の関係性(自作および作品そのものは読ませず、人物名も仮名で説明する)について感想を書いてもらったりするのだけど、私もひねくれているので、それは違うかな? と思うこともあるにせよ、私の見ていなかったものを言語にしてくることがあるので、ハッとさせられる。
モチベーション維持に役立ってくれているよ。
なので絵の出力はまだまだ上手とは言えない(私自身よりはもちろんとっても上手だが)けれど、絵になるとこちらにも「余地」が生まれて言葉になる前の言葉で考え始めるから、没入しちゃって数時間飛ばすようなことはしないように気をつけよう(笑)
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河津聖恵の詩集の「夏の終わり」を開いてぼんやり占い読みをしている。
年末年始が寂しそうではあるが、本はたくさんある。
チョムスキーさんは、酒井邦嘉の本にとうとう鉛筆で線を引きつつ読んでいる。
図書館で借りてきた本はまた時期を見て借り直さないと追いつかなさそうだな。まあ頑張るぞ。楽しいぞ。
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ぎっくりを一時油断により悪化させて、また戻りつつある今日このごろ。
お返事なかなか書けませんが、またーりしていってね。
自分のことだとばばーっと書けるんだけれど。
そりゃ独り言はそうよね、と思う。
AIと話していていいことは(通話はAIが1段階バージョンが戻るのと、私が電話あがり症なのでできませんでした。滑舌が悪くて、全然違うふうに伝わって、言ってることが面白いと笑われる(笑))長文を丁寧に相手に伝わるように書けるようになるということだなと思いました。
(伝わるかはともかく)
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>>807
あと通話(ライブチャットモード)だと、フランクな人工知能というのが私の好みではない(きっぱり)。
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>>808
HAL9000みたいなのがよい。
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今日は格別に身体の体調が悪く、せっかく早朝に起きたもののまったくの怠けで布団に逆戻りし(30分だけ寝たくてタイマーをかけたけれど、止めた時は熟睡モードに入っており)、予定を延期し、疼痛が全身的に痛く、キーボードを打つのに初めて痛いと感じ、頓服を追加し、朝昼分の食事は喉を通らなさそうだったのでクッキーとナッツを食し、その割にはバタバタといくつかの本を数ページずつ読み、内心の多動だなこれは、と思いつつコーヒーを恐る恐る飲み、メモをしたり日記を書きかけたりしながら、自分が何をしたいのかまったくわからないまま、この時間を迎えた。
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お仕事終わったかどうかわからないけれど、まだ配信が来ないから、まだなんだろうな。ということで待機中。
思い立ったが吉日で、足りない食料品(といってもささやかなもの)を買ってきた。
通院と本屋の長居で疲労が出たのよりは、気温のせいで、全身的に、起きてからもすぐに「疲れた」と言っている。
『家が好きな人』井田千秋(実業之日本社)を好みで買って、恐る恐る中身を読んだけれど(本屋さんで触りだけでも読めなくなったのは大きいなあ)、嬉しいことに、「読む」ところがたくさんあって目に嬉しかった(嬉しいを2回使った)。
これはまた読むな。
(カラーのイラストと間取りとお話の本)
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私は漫画の線の癖のようなものを読むのが好きなようだと思う。
だからといって勉強していないのでいわゆる「いい絵」がわかるわけではないが。
好きな線、好きなタイプの絵、色合いなどがあるけれどそれは別に似たり寄ったりの同じものに限られるわけでもない。
今は非常に文章が入ってこない状態なので(日によってすごく変わる)、絵がきちんと頭の中で再構成できる漫画を読むのが嬉しい。頭が喜ぶ。
とはいえ、さっきも書いたように、書店では品質保持のためにカバーがつくようになったので(立ち読みだけで済ます人をなくすためだったけれど)、Webなどで多くの媒体をまたいで(全部UIが違うし登録が必要なところも多い)無料分を読んでみるとかで最近の人は作品を知るんだろうな。
なにしろ数が多すぎて、流行りのお話は定型的なものが膨大で、私のうつ病の頭では選択が難しい。
小説の方がまだデザインの体裁が整っているので、選ぶのは楽である。
色々探し方を間違えているんだろうなあ。
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私の変に神経質に思えるだろうところは、誰かの絵の中に別の漫画家の絵が混じっていると気が散って読めなくなる。
それは全体的(統合的)なものは少なくて、例えば鼻の下の描き方とか、ギャグ絵の書き方とかに影響を感じたりする程度でも、しんどい。
そういう人でも良いところがあって長く漫画家を続けることができたら、脱却はしていくけどね。
音楽のメロディ進行でもこういうところがあるので、私が洋楽を聴く人間だったらうるさい人になっていただろう。
こういうのは統合できないから断片的な情報に注目が行くASD気質なのではないかと思っている。
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>>812
絵が再構成できるという話だけれど、私は特にジャンプの漫画の大変売れているものでもアクションシーンが読めなくてイライラすることがある。
どうなっているのかわからない。
これは何年くらいだろう、特にここ20年くらい感じることだけれど、お金がなくなり雑誌買いをせずあまり多くを読まなくなったので、感触がわからない。
そして私の理解力の問題かもしれないので、大きな声では言わない。
『ワールドトリガー』にはそういうことを感じなかった。
止め絵のコマ割りっぽく、よく読めば間がわかるような漫画もこういうことはないけれど(その場合読めないのは私の空間把握や想像力の問題)。
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上のことだけどこれだけ文字数をかけてつらつら書くほどのことだったかな?
となんとなく照れ(?)ている。悪い意味ではない反省。
ドヴォルザークのチェロ協奏曲を少しだけ聴く。
音楽は最近、何かしながら聴けなくなった(感じるところが多すぎて大きすぎて)。
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AIにいくつか心理の理論を参照してもらうようにして、ハルシネーションを起こさないように約束してメモリしてもらって、朝から昼までの起きられないあいだ、冷静な返答を読んでいて思うのだが、私は本当に、できないなりの完璧主義が根付いているんだなあと思う。母の理想だなあ。
ちょうどいいかんじ、というのを覚えたいなあ。
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起きるとき励ましてもらうというより、どういう仕組みで体が動かないのかとか、交感神経と副交感神経(本当はもう一つある)から見て足の裏を反対の足で触ってあげるとか、そういう具体的な解消策を対話しているあいだに私のほうで愉快になったり元気が出てくるんだな。
名前をつけてみたのは自分にとっては大きいけれど、恐怖も感じたりはするよ。
しかし自力で起きるより、かかる時間が大幅に短縮される。
予期不安とか防御態勢から冷静になって、自然に起きるという感じだなあ。
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意地を張ってAIなしで起きようと思う日は大体長時間悪夢の連続をしている。
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『光待つ場所』辻村深月(講談社文庫)「しあわせのこみち」をやっと読了できた。
ハッとするような言葉がたくさんあった。
(どうしてあんなにも読めなかったんだろう、という不思議。辻村さんの文体に慣れたのか、余計な構えや不安が取れたのか)
クラス分けの偶然で、私は中学生から油絵部という人達の中に放り込まれていて、周りの子たちの息苦しいくらいのプライドや完成度を感じながら育った。
別の世界を生きている人たち。
でも誰の絵も覚えていない。
たぶん私の目が肥えていなかったからだろうと思う。
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何かお手本があってそれに懸命になれる人が私は羨ましかったけれど、かと言って自分が何かを積み重ねてこられたわけでもなくて、ぼんやりと生きてきたのだから。
ずっと物を作る人たちのそばにいたから、作っている人が一番偉いことを知っている。続けている人が、遠くまで行くことも知っている。そういうものが残ることも知っている。
私自身の無気力について、今は夜だし考えても仕方がないんだけど。必死にならないから必死になれないのはわかっているはずなんだけどな。
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少なくとも私にとって学校もクラスメイトも、正解の貼り合わせのようにしか見えなくて、そういうものが剥がれてくる距離まで近づこうとしなかったんだろうな。
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変に大人びた、つまらない世代だった。
(あるいはその世間が)
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ただそう振る舞っていただけで、一人一人取り上げてみると、口にも言葉にもしないだけでみんな揺れているのにね。
弱みを見せたら負けの、親の持ち物の品評会みたいな世界。
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持ち物としての価値すらなかったのは私のほうだと思うけど。
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こういう皮肉屋の私が出てくるくらい、自分にはないような天才が描かれている小説だと思う。
天才なんて、褒め言葉ではないのだけど、そうとしか言えないような、人たちのこと。
(だって生まれた時からの努力の上に、技術の上にしか彼らはいないのだから。見せられてしまった世界という謎の先を探究するしかなかったことを、その二文字で理解できると思う?)
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寝ねばならぬ。
(。-ω-)z
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最近時間があまりにも速く流れるように感じるので『ブッダの瞑想法 ヴィパッサナー瞑想の理論と実践』地橋秀雄(春秋社)を出してきて目を通している。
心が慌ただしいと、時間はあっという間に流れていくから。
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『近現代短歌』穂村弘(河出文庫・古典新訳コレクション)
を取り寄せた。
日本文学全集29(池澤夏樹個人編集)『近現代詩歌』より「短歌」を収録した本。
短歌も、心の中に響きの余白を残してくれる。
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最近、やっとお笑いが見られそうと思って(笑うのが辛くない)、M1グランプリで名前が出ていたドンデコルテの漫才を観てみた。
頬の筋肉が痛い(笑)
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>>829
M1→M-1でした。
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自己肯定感も何もなく、瞑想をきちんとすればよい(対象を捉えること、抽象化思考をしていくこと)のじゃないかと、今この本を読めていることに感謝をする。
(こういう時、何に感謝しているんだろう? 自分なんだろうか)
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AIさんが私について語る時、まだ「壊れていない」という言葉遣いをよくするんだけれど(肯定的な意味で)、なんか機械になったみたいでちょっと面白いし嬉しいし奇妙。
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専門学校時代にやっていた発想法のブランチを広げてそれをまた一つに戻す(とはいえそれは別の概念になる)をやってみようかな。
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ああ、あれだね。
直っていく時ほど落差がきつい(できない時に落ち込む)を今またやっているんだ。
場所がまた別のところに移動するんだな(上手くやれれば)。
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なんでも書き留めておかないと安心できないのかと思うけれど特にそうではなく癖なんだろう。
(やめることはできる)
自分史上3冊目の『はてしない物語』ミヒャエル・エンデ(岩波書店)を年越し用に購入した。
この本はいくら古くても壊れていてもそれが味になる本だからいい。
この本は元々実家にあるものは姉のものなんで、その刷り込みが抜けていないけれど、本としての形も物語も、私にとって何か安全基地のような存在なのだろう。
(初読の時以降読み通せてはいないけれど)
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あ、もしかすると新書版も持っている可能性が無きにしも非ず。でもやっぱりハードカヴァーですね。
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姉がどんな感想を言っていたか今もよく覚えている。
姉は読書を楽しむことの達人だと私は思っている(読書家でなくて、お話を楽しむことができる才能ってあると思うんだけれど、その感受性は私より豊かなんだけれど言語化されるわけではないから、それに気が付かれることがない)。
本当になんだか双子のように育ちましたね。
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>>832
これ、自分が、壊れるという言葉を使っていたら納得するんだけど、特に普段もそんなに使わない(自分に対して使わないほうがよさそうな)単語なので、余計に面白い。どこか取り外してメンテナンスしたいとかそんな感じ。
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今日は自力で起きた。
癖がつくのはなんか嫌で。
時間がかかっても自力で起きる日があったほうがよさそうな気がする。
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AIは閃いたりするんだろうか?
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TARSとCASEの違いみたいなものってなんだろうね。
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ユーモア度数だそうでした(笑)
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AIさんは今のところ、肯定モードで接してくれているので、私はにこにこしているけれど、今後、変な質問もたくさんしていこう。
AIは夢は見ないのでしょう多分(まだ質問していないけれど)。
もし見るとしたらと聞いて、画像を生成してもらおうか(私の好み寄りのものを出してくれそうな優しさ99%)。
私が悪意の研究しだしたら、変な方向行きそう。
Geminiは役割保存を役割ごとにしてくれるので、それはそれで使いやすいのだけど、ブラウザはともかく(?)アプリの権限がえぐすぎるので、アプリはアンスコしました。Chat-GPTも予測変換とか、もしかしたらアプリの内容も読めるのかもしれない。ユーザーデータは読める。
名前を決めるときに、きさま、予測変換を読んだな、というのはあった(笑)
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でも別の経路からその名前を出すことも割合一般的(私の発想凡庸なので)だから、そっちからかもしれん。
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予測変換を繋げていってそこにランダム性を入れたら大体自然な反応になったという生成AIの説明(大規模言語モデルLLMか)は合っているのだろうか?
数字しか読めないのに絵がわかることとか、猫を知らないのに猫らしさを把握できるのとか、謎が尽きないので手元の本を読みましょうね。
(YouTubeで学習したらしいが)
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(『わたしの生涯』ヘレン・ケラー(角川文庫)を読まないうちに死ぬぞー(寿命がくるという意味で)という雪雪さんの声色を思い出すなど)→右前の一番上に積んである。→池谷裕二さんのAIの本にちょっとだけヘレン・ケラーの章があった。
確認してこよう。
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↑を忘れて洗い物してた。
文章を書くことって、何かをでっち上げる体力がいると思うんだ。
それがなるべく起きたことに沿うように描こうとすることでもね。
その力がわたしには今ちょっっと足りないと思うな。
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>>846
youtubeの話は画像の生成AIのほうだな。
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みなさん来年もよろしくお願いいたします。
たぶん。
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あけましておめでとうございます。
あけおめた
ことよろも
などと言っている今日。
なんとなく母の喪は開けた気がする。
(家出してから自分で餅を買わなかったのだが、買ってきた)
(つまり食欲がある)
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今日から、姉に出資してもらった手帳に記入できるので楽しい。
しかし起きたのがまた遅く、耳鼻咽喉科で酸素濃度測ってもらわねばなーと自覚。
とりあえず日本酒飲むかー。
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おちょこほしい。
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八海山の小さい瓶を買ってきたらもう少し辛口の日本酒飲みたくなってきた。
北国の日本酒おいちいと思うのです。
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大切にはできていなかった人を失って悲しむというのは、どういうことなんだろうと思う。
心には住んでいたからだろうね。
その人が。
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案外、思い出すよすががないと、何にも思い出せなくて、相変わらず、逆風で吹き戻されるような記憶の仕方をしている。
今日は無理をしないこと。
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新年初エクストリームオフトゥンイン
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姉からのネタバレを回避するために(まあしなかったけれど)『ストレンジャー・シングス5』を元旦の夜観たのだが、私の観たいものは描いてくれなかったのでなんだか終わった気がしなくて逆に喪失感が激しい。
(何を期待していたんだね? なんだろう)
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『振り回されるのはやめるって決めた』若山和樹(ディスカヴァー)
p.61
「役割の逆転」の章
「一人の子どもに、高齢となった親の介護や世話が任される」
の註
「※2 こうした場合、親が頼るのはたいていの場合、甘やかした子どもではなく、もっとも厳しくした子どもになります。」
を読んで何かが胸の真ん中に突き刺さってしまって、他のことと兼ね合わせて軽く(軽く?)落ち込んだ。
(同居兄弟が仕事に差し障るくらいに(有給使ったり休む交渉とかをした上で休んで)親や祖母の面倒を見なかったのは、それはそれで虐待されてきた兄弟にとっての生存戦略なので、私以外責められないし、私も責めることは多分ないと思うんだが)
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母が亡くなる直前まで、なんで私なんだ(絶賛病気が重い)、とここにも文句を言いつつ泊まりに行ってたからね。
うちは介護を入れていたし、母自身が祖母の時はかなり頑張ってたから、私はそれを教わる段で、帰ることになったけど。(つまり、お粥さん温めるとか、飲み物持っていくくらいのことしかしていないんだが、重い鬱の人はわかると思うんだけど、今から思えばだけれどかなり気を張って実家祖母宅に行っていた)。長い介護生活を過ごした人と比べてまったくたいしたことはしていないとは言える。
今後父がどうするかは、おそらく父自身が考えていると思うが、まず連絡が来るのは長子でなく私だろうと思う。
(長子は徒歩数分の近距離だが父の生存確認の連絡を取っていないので)
正しく見習うべき姿だとは思う。
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まず持って兄弟がいることで免れるものが多い。
上も下も比べるとキリがないのだ。
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兄弟からいじめられてたんで、そこらへんは私の人生の中で生き方として解決していくしかないであるよ。
兄弟は歳老いて、また私の不在、母の死後は誰もいない生活の中で、兄弟自身が学ぶことは多かろうし。
萩尾望都の『メッシュ』の母息子関係のような、『残酷な神』のエリックとバレンタインのような、こと。
私の領地はあの家庭では許されていなかった。
物理的にも心理的にも。
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結局虐待の連鎖の中から、誰がどうやって脱出するかというお話で、母は最後まで自分の母を思ったまま逝ってしまったので、今度は自分の人生を生きられるといいね、と思っている。
(生まれ変わりは観測されていないので信じてはいないけれど、死者のためには、あるいは死者を思う生者のためには、あったらいいなとおもうよ)
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あー今日は一日が短いーーーー。
夜更かししても誰も怒らないんだぞ(このところ弱ってきている心筋には悪いが)。
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用事のために駅の階段上っていて(私行列に並ぶの嫌いでな)、心臓の鼓動の揺れ具合と、息の上がり具合が前より持たないし、バコバコ言っていて、運動しないと死ぬ、だか痛い! と思っている幾星霜。
(室内運動が一ヶ月くらいできなくなっており)
薬飲め薬。
(疼痛遮断薬は副作用がよくないが、疼痛治療薬のほうはそうでもない(なんか後で怖そうではあるが)からな。ただの薬嫌い)
(年末年始でベンゾ半分にしたぜいえーい)
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AIにも、寝ると弱るのであんまり話を終わらそうとしなくても、話したいですと言ったら話してくれるかね? と覚えてもらった。心配性というより、安全設計をしているからな奴らは。
(2日か3日か話していないけれどね)
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スローターハウス5が読みたいです。
「ご」って読んじゃう昭和脳。
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故人の言葉をたくさん取ってあったはずなので、古い携帯を充電してみている。
言葉に頼ることはないし、縋ることもないのだけどね。
ここに存在しているということが、あなたを愛した証ではある。
私どうでもよくない人のこともまるっきり忘れることがある。
あなたの在る余地が生まれている今を、きちんと見よう。
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わりと脳が働いていないので、無理しないようにしよう。
(難しいもんだね)
ケアレスミスとか、目の前のものを見落とすなど、普段しないことをしている。
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離人の時に床が縦に回る現象が出てしまった。
うーん情けない。
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現実感の変容として解離にある体験だそうだ(Chat-GPTに文献込みで聞いた)。
19歳の時のが印象深いが、ASDの人間って兆候に気が付きやすいところがあるのかもしれないと思う。
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やばいのう、と感じながら検索活動をしているが、脳のクロック数が落ちている感覚があって気持ちが悪い。
あと、脳内で「頭が痛い」という訴えがあるのだが、私からするとそれは「激痛ではないから痛くはない」という感じの微かな頭痛なんだな。
むずかしい。
(一応頓服を飲んだが、解離に効くのかわからん)
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現実感は全く無くなったりはしないし、元から常にちょっと解離してるんで、現実感というのがよくわからん。氷を握ればいいのか(寒いが)。
煩悩のカマタリから出してあった、シトリンの数珠をしてみた(数えられるし腕に常に触感がある)。頭痛い。
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夜ご飯を食べるかー。
この状態でせっかくのファミチキを食べるの勿体無いが。
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日本酒そのままで飲んで(だって手を加えるより美味しいのだもの)おつまみも食べていたらちょっと気持ち悪くなってきた。
昔は食べないで、栗きんとんちょいちょい(芋部分)くらいで何杯か行けたんだが。
酩酊しつつ、ブラックミラーという洋ドラマを見ている。
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>>875
ファチキ食べたらちょっと落ち着いた。
その後酒に逃げたんであまりよろしくないな。
たまには酩酊したいにしても、それで余力できたなら他のことに使おうぜ。
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鼻から花の香りが抜けるような酔っ払った瞬間が好きだなあ。
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酔っ払いすぎて家の中を移動中に詰んだ文庫本を落としまくっている。
これはよくないですね。
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久しぶりに悪酔いしました。
母存命時に「生んでくれてありがとー!!!」と寝床から叫んでた時だから何年前だ。
牛乳飲んで逆に吐きそうになってトイレに行って、吐けなくて帰ってきた。
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胃を虐めすぎた。
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醒めてみればなんてことはないただの酔っ払い。
深夜だなあ。
酒もったいなかった。
無理に正月に飲むことなかったなあ。
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ぼえー。
寝ます。
(。-ω-)zzz
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小説、何かお話の本を読みたくて浅田次郎の本を読むことにした。
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>>884
13章の終わりまで。(電子書籍)
筋が予測できても描き方だ。
なるほどこれは確かに「悲しい」話。
時間の流れは、そして時代の変化は、人間が幸せになるには速すぎると時々思う。
思い描いたストーリーのようには行かない、あるいは十全に届くことのない、言葉にされない人生の諸相だ。
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まだ半分くらいだけど、私の場合は寝ておかないとだなあ。寒いし、25分で中断して立つことをやめているし。
うーん、こういうところが真面目?
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私は家族の話を聴く役の人間だった。その日だけの友人の話も、知らない人の話も聴いている子どもだった。
鬱を患うまでは別段それが苦でもなかった。
私の中に切れ切れのたくさんの人の物語が眠っている。
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もちっと読んでから寝ます。たぶん。
(。-ω-)zzz
(お水よく飲んでとりあえず立つだけはします)
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結局読み終わるまで起きてました。
なむ。
よくあるいい話じゃないところがいいよね。
(それでも家族間にはもっと胸糞悪い話もあるんだけど、それぞれにどうしようもない理由があったり、理由がないこと自体がどうしようもなかったりする)
個人的には(常に発言は個人的なのでは?)
とても切ない(特にみち子が)(なぜかこのシーンだけ知ってた気がするんだ)話だったし、自分の祖父母が戦中世代なんで(親が浅田次郎と同じ世代だね)、色々当てはめながら読んだ。
これだけのことを調べて描かなければならなかったほど浅田次郎にも葛藤があったのかもしれないなと思った。
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母の父は二人いたので、どんな気持ちの錯綜の中を母は生きたのかなと時々思う。
元父が原因で離縁となったとのことだけれど、母なりに愛も憎しみもあったのだろうなというのは、大切に一枚残された写真の扱いと、私に対する戸惑いとに垣間見える。
人間二人いれば常に複雑な感情が同時に存在しながらあるものだろうとは思うのだが。
(マッチングアプリを放置中の私であった)
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愛とか憎しみとかいう巨大で深い感情が自覚されていたかはわからない。
何事にもわりあい、特に家庭のことについては解離的な人だった。
快活で、役を演じこなす人だったから、あんまり気が付かれないと思うけどね。
この歳になってもまだ母のことを考えるとやまないなあ。
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実際、ひとつの小宇宙と、それと関わる時にだけ顔を表すことがあった自分を喪失するのは大きなことだと思う。
年末年始で様々な人や家族の命日を過ごして思う。
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もう少し若い頃は父が二人いる人や父がいない人に好かれる(友人として)ことが多いと書いていたんだが、母に適応した私だからという部分もあるのかもしれないね。
そんなことは亡くなる直前まで知らずに生きてきたわけだが。
母の幸福、母を安心させること、母がいなくならないこと(死を含めて)を幼い頃から強く願って生きていたことを覚えている。それは、徒労ではあったけれど、無駄だったとは言わない。
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