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エトセトラ
18
:
広瀬一隆
:2015/11/25(水) 00:07:17
最近、伊藤計劃というSF作家の作品をアニメ化した「ハーモニー」という映画を見ました。
少し前に若くして亡くなった作家ですが、次々と彼の作品がアニメ化され上映されています。
以下、ネタばれです。
アニメでは、世界に暮らすほとんどの人たちの意識がコンピューターシステムで支配されています。
どうすれば幸福なのか、あるいは、自分の能力にあった仕事は何か、などがシステムによって適切に指示されます。
そうした世界を拒否する人物がいて、自殺を試みます。この人物が物語の主要な役割を果たします。
しかし自殺を完遂する直前、システムを護持する研究者たちに身柄を引き取られ、システムが支配する世界を受け入れるようにさまざまな処置を施されます。
薬物を投与された結果、その人物は自殺の願望から解放され、システムが支配する世界を受け入れるかのような振る舞いをするよう変わりました。
しかし薬物の効き目が切れた後、研究者たちがその人物に尋ねると、投与されている期間の記憶はまったく抜け落ちていました。
いわば、「ゾンビ」の状態だったのです。ただ意識はなかったけれど、「恍惚」の状態だったと答えます。
物語の最後でその人物はシステムに手を加え、世界のすべての人々が薬剤を投与された自分と同じ意識状態になるよう仕向けます。
社会は「恍惚」の状態で意識のない人たちに構成されるようになり、エンディングを迎えます。
このアニメを見終えて、仏教のいう「涅槃」とハーモニーで描かれる「意識なしの恍惚」は、同じ境地のように感じました。
すべての意識状態(色)は虚しいと断じるのが「空」の境地ならば、ハーモニーの最後と何が違うのでしょう。
もしも両者が同じならば、ハーモニーは見事に仏教思想を表現した作品だと思います。
でも、たぶん仏教の考えとは違うんでしょうね。なんとなくそう思いますが、私の理解が届きません。
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