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悟りに至った方たちとの対話

664 TK :2014/07/07(月) 19:20:03 ID:KtDyMBiU0
まとめとして、気付いた事ですが、とにかく、酔っ払いが多いです。

至れた者と酔っ払いとどこが違ったのか、
まず至れた者は当然取り入れた方法が正しかったと言う点、
酔っ払いになった者は取り入れた方法が間違っていたと言う点。

釈迦は此の岸から彼岸に渡るための川はあえて激流であると表現していますが、
緩流で渡れたらそれこそ誰もが願った天才的な良い方法という事になりますね。

かなりお笑いですが、
釈迦以上の救世主みたいな人が世の中に出現してそんな素晴らしい方法を見つけて、
それがスピ系だとでも言いたいのでしょうか、
あの緩流と言う名の酒を頭から浴びて酔いしれているスピ系と言う人たちを見ていると、
ついつい、そのように言いたくなります。

「全てを受け入れて」これ激流の地獄の中の実践法なのですよ。

「ポジティブシンキング」、これも激流の地獄の中の実践法なのですよ、
本物と偽物と両方を経験をしたラピさんならよく分かる所ですが、
スピ系の実践法は非なる別物です。

仏教の経典にこう書いてあってああ書いてあってべらべらしゃべりまくる人多いですが、
これも激流の実践法なのですが、なぜかみんなインチキでこれを緩流でやっているのです。

裁いてはなりませんと口で言いながら平然と裁きまくっている人とか、
スピ系でこの手の酔っ払いも当たり前ですから。

酔っ払いの本人には自覚がありません。

つまりまともにやっているつもりなのです。

なぜこのようになるのか、
それは本当のターゲットがあの者たちには見えていないからなのですね。

これはやはり第一の実践をまともにやってから、
それが煮詰まった状況で初めて今まで見えなかったものが苦悩と言う形で凝縮されてその者の前に現れるので、
ようやくその者にも実践可能となるのです。

この第一のステップを、でたらめにインチキして吹っ飛ばすのがスピ系です。

賢者だか酔っ払いの親玉だか分からないような人たちがウヨウヨいます。

なぜか、話している内容だけはどうも本物の我々の言う激流段階のそれらしいのですが、
あの者たちのは緩流です。

根本からやっている事が違っています。

ラピ。さんがポジティブシンキングやってたと言うのですが、
私にしてみたらそれが、へ、それ全く違っていますがの世界でした。

激流の実践法とは、寸分の狂いも無く実践する所で成果の上がるものですが、
これを一歩間違っていい加減にやると効果が無いばかりでは無く、
害の作用のある毒物のような特性があります。

だから死ぬまで酔っ払いになるような人が多数出現したのです。

至れてもいない人が、もっともらしくインチキを語ったり、
ここにもいましたが自らの誤認によるエセ覚者も多い、
至れてはじめて語れる内容ですから、
誤認の者の内容では酔っ払いを産みだすだけでその者の話も人々を惑わすだけの害にこそなれ世の益には全くなりません。

僅か寸分の違いだけでも用法を間違えたら、毒になる代物なのです。

その者はまず自らが人に話すよりも前に、本物の至った者になることが先決です。

釈迦の時代でも、
結集は阿羅漢の中のさらに特性の優れた選ばれた者だけがそれに当たったようでしたが、
このような事は誰でも良いと言うわけにはいきません。

この辺りは、現代であっても教職は教職の免許がいるしそれと同じ事です。

歩む人たちは、
このような現状が充分にあるという事を踏まえながら先に進まなければなりません。


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