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教学宗学
111
:
名無しさん
:2015/10/12(月) 09:27:34
ルータス三世様
誰かさんへの返答は「誰かさん公認」の「知りません、わかりません」です。以上!
事例に上げたのは「学会の本尊はカラーコピーだった22」の投稿文からで、佐渡始顕の本尊の真偽に付いての論議です。
「戒壇の大御本尊のは」の「〜のは」を写真の文が入るのだ、入らないだの議論ですが、戒壇本尊に何ら関係のない佐渡始顕の本尊の真偽論にも「〜のは」が使われていまして、しかもその論には「〜のは」には写真は無関係な書き方をされているのです。
『残念ながら佐渡始顕の御本尊のは偽物である。
極貧な生活の中で高価な絹でできていること
絹の上1.8メートルの異常に特異的な大きさ
文永ごろの本尊は釈迦多宝如来に南無妙法蓮華経しかない形態が多い
初期の本尊にもかかわらず
十界が揃っていること
十界が完全に揃うのは弘安二年二月の日目授与の本尊で初めて揃う
文永年間の本尊は未有と書かれているのに文永年間に
はない未曽有のと書かれてあること
「未曽有の大曼陀羅(大曼荼羅)」と書かれるのは建治二年二月の
日朗授与の本尊で初めてかかれるのでありそれ以前にはないこと
建治元年11月からは必ず大曼「荼」羅と書かれてあり建治二年二月以降未曽有のと書く場合大曼「陀」羅とはかかれない
文永年間の本尊で此法花経大曼陀羅と書かれている本尊は存在しない
法花経と書かなくもないが普通は法華経と書く法花経と書かれているのが不自然
これをもって佐渡始顕の本尊は偽物といわざるをえない 』
実際に「〜の写真は」を当てはめると、「佐渡始顕の御本尊の(写真)は偽物である。」となり
>極貧な生活の中で高価な絹でできていること
と何ら文脈が無く、意味がおかしくなります。
寧ろ、「極貧な生活の中で高価な絹でできていること」なので、「佐渡始顕の御本尊は偽物である」との文章になった方が意味が通ります。
ですので、「〜のは」は必ずしも写真を指してるとは思えません。
寧ろ「戒壇本尊」自体を指してる可能性が高いと思います。(戒壇本尊と無関係な佐渡始顕の御本尊の真偽論の文と比べても)
しかし、日顕師も川辺師もメモの事柄を否定されているので、メモの論議は不毛の論議になりそうです。(メモ自体の論議を終結させている)
もし本当に公に決着付けるには現物の「戒壇本尊」と「日禅授与本尊」自体を鑑定する以外に
本当の答えを出せません。(決着(真実の是非)としては、実物の実地鑑定。しかし大石寺は秘仏として拒否。つまり、論議の決着は出来ない)
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