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:
名無しさん
:2015/09/16(水) 08:53:34
堀日亨師の
御荷物の中に「生御影」「御骨」はかならず御奉持であるべきであるが、
板本尊にいたっては研究の余地が存ずる。(中略)現存大石の多数のものは、
南条下之坊保管の物であり興師の延山時代には関係ない。
の著書の「板本尊にいたっては研究の余地が存ずる」の部分を、運搬方法に付いてわからないから
運搬方法に付いて「研究の余地が存ずる」と言ってるのだ、と言う方がいます。
しかし、同じ法華講の方でも意見が分かれているようですね。
ある法華講員の方のサイトから
『さて、当方の友人はこの
『「身延離山時での板御本尊の持ち出し」に大変懐疑的なのです』
に関しこのように申しておる。参考までに記載する。
友人曰く、
『「堀日亨上人は、59世の御法主様であられますが、永年にわたる宗旨の研究から、広く仏教界においての碩学の御立場でありました。
特に富士門の研究においては、他門との学術面での交流をお持ちでした。また、詳伝の発刊からすでに半世紀経ちますが、
当時は妙蓮寺、保田、讃岐、定善寺 等で合同帰一の流れがありました。
ここで、日精上人の家中抄について、「生御影、御骨は必ず御奉持であるべきであるが板本尊にいたっては研究の余地が存ずる」
と仰せなのは、このような背景の中で日亨上人が仏教史研究者として、学術的に公正無私の御立場(つまり、
一宗の御法主の御立場を離れた意味での)の表現と拝察いたします。そうでなくては、詳伝 上下巻での他の箇所で、
戒壇大御本尊について述べられている事実と整合性がありません。つまり彼らは、何とか戒壇大御本尊様を否定したいという底意があり、
そのために利用できるものは何でも利用したいのです。私達は、そのような邪なる輩の策謀にのせられてはいけません。』
全面的に同感である!
http://blog.livedoor.jp/sokadakkai/archives/52867026.html
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