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「まじめな話」の板

873神の子様:2013/05/07(火) 20:14:21
悲しい思いが寝小便に (303)
日時:2011年03月30日 (水) 20時42分
名前:伝統

昔、北海道の室蘭にいた頃、輪西というところの誌友会によく行っておりましたが、
ここは富士製鉄(現在は新日鉄)の社宅の沢山あるところであります。

この輪西の誌友会で帰りの最終バスぎりぎりまでお話して、
帰り際に幹部の方が「ちょつと一人、個人指導して下さい」と申されるのです。

「でも、もうバスが来ますよ」と言いますと、
「この家の前がバス停ですから、出て止めておきますから是非頼む」
といわれるので、「何ですか」と申しますと、

一人の御婦人が十歳くらいの男のお子様を連れてお座りになり、
「この子がどうしても寝小便が治りません」
と申されるのであります。

「どうしたら治るでしょうか」というお尋ねなのであります。

私は時間もないので
「ああ、それですか。ご主人がワンマンで、あなたは言いたいことも言えないで、
じっと悲しい思いをこらえておられるでしょう。その悲しい思いが坊ちゃんの寝小便となって
出ているのですよ」と申しましたら、

まだ本人が何とも仰らないうちに、
幹部の皆さんが「御明答!」と言って手をお打ちになりました。


その奥様も
「実はそのとおりであります。夫はわがままな人で、他人の意見なぞ絶対に聞かない人で、
私などが何か言いますと、皆聞かないうちにピシッと押えてしまわれ、
それでもたって言おうものなら、手が飛んでくるのでございます」と申され、

「仕方がないから、家庭の円満のためにじっと我慢するより仕方がないのです」
と申されるのです。

「それは解決ではありませんよ。『七つの燈台の点燈者の神示』にも
『こらえたり我慢しているのでは心の奥底で和解していぬ』
と明らかにお示し頂いておりますとおり

”こらえる”ということは、道徳の世界では大変すばらしいことでありますが、
宗教は道徳ではなく、形だけを見て値打ちを決めるのではありません。

その人の心がどうであるかが問題なのですよ。
感謝しているか、喜んでいるかにかかっているのですよ。

あなたはご主人をただの人間として、
また自分の夫としてだけ見ておられるから不足が出るのですよ。

夫は神様から授かった神からの賜りものであり、神様であるとして拝んでお仕えするとき、
どんな性格のご主人でも神の子の本来の姿に変わるのですよ。

わがままな夫も悪い夫もいないのですよ。
あなたの心にある夫に対する不足の思いが相手に現われ、
あなたを困らせておられるのですよ」と申しました。


その奥様は「私はもともと夫が好きで結婚したのではなく、両親のすすめで気が進まないまま
結婚しましたので、結婚したことを喜んだことなど一度もありません。
いつも諦めてばかりおりました」と申され、

私も
「そうでしょう。ご主人はあなた以上に腹の底で泣いておられたのですよ。
人間の求めているものは、性欲の対象としての身体だけではないのです。

身体だけなら、結婚しなくとも、金を払えば提供してくれる商売の人がいつの時代にもあります。

結婚の目的は性の対象を得るだけではなく、
人間の本来性である愛と奉仕の生活を実践する事にあるのです。
お互いに愛を捧げあい、真心を持って奉仕しあうことにあるのです。

その肝腎のものがあなたには欠けております。
だからお互い同士も不幸であり、お子様にまで悲しい、恥ずかしい思いをさせているのですよ」
と申しますと、さめざめとお泣きになり、「よくわかりました」と申されました。

私は急いでバスに乗り帰りました。

その次のときには、ちゃんと坊ちゃんの寝小便が治ってしまったという御報告を受けたのであります。

このように私どもの周囲に現れる事件は、
すべて心の影であることは絶対に間違いがないのであります。

  *藤原敏之・著「あなたは必ず救われる」(P161〜163)より抜粋。

         <平成23年2月22日 記>


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