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「まじめな話」の板

2506シャンソン:2016/07/23(土) 10:27:07
>>2505

 しかし、面倒を見なければいけない家族が多い将校は、特攻には採用されないのが原則。
志願は却下されました。それでも藤井中尉の決意は変わらず、嘆願書を再提出するのです。

 夫の固い決意を知った妻の福子さん(当時24歳)は、
「私たちがいたのでは後顧の憂いになり、思う存分の活躍ができないでしょうから、一足先に逝って待っています」という遺書に残し、
3歳間近かの長女・一子ちゃんと、生後4ヶ月の次女・千恵子ちゃんに晴れ着を着せて、厳寒の荒川に身を投げたのです。

 妻子の死を知り、藤井中尉(当時29歳)は、今度は指を切って、血ぞめの嘆願書を提出。ついに特攻志願が受理されるのです。
藤井中尉の亡き我が子への遺書が残っています。12月になり冷たい風が吹き荒れる日、荒川の河原の露と消えた命。
母とともに血の燃える父の意志にそって一足先に父に殉じた、哀れにも悲しい、しかも笑っているように喜んで母と共に消え去った幼い命がいとうしい。

 父も近くおまえ達の後を追って逝けることだろう。必ず今度は父の暖かい胸で抱っこしてねんねしようね。それまで泣かずに待っていてね。千恵子ちゃんが泣いたら
よくお守りしなさい。ではしばらく、さよなら。

 戦後、空母で銃撃を担当していたアメリカ兵の方が富屋食堂を訪ねてきて、次のように証言したそうです。
次々と、アメリカの飛行機を爆撃していく日本の飛行機があった。「これはまずい」と、そのアメリカ兵は必死の攻防の末、なんとかその飛行機を撃ち落としました。しかし、飛行機は、
墜落する水面すれすれの状態で急旋回して、アメリカの空母目がけて横から攻撃してきたというのです。

「なんという執念」と、そのアメリカ兵の記憶に残っていたのだとか。
その飛行機に乗っていたのは2人組だったそう。その日、2人組で出撃したものを調べてみると、それは.....藤井中尉でした。

 特攻隊の飛行機が飛び立っていった滑走路に僕は立ってみました。
知覧から沖縄まで約2時間。あと2時間後に死ぬ。そう覚悟を決めた者たちが飛び立っていく先には、富士山のような形の山があります。
開聞岳です。

 特攻隊の誰もが、この山の姿を、「これが最後の見納め」と思い飛んでいきます。
僕が行ったその日は曇っていましたが、富士山に似た山の形はきれいに見えました。

 ピアノが上手で、すらりと背の高い、物静かな奥様だったそう。
そして、2人のかわいいざかりの子どもたちと別れて、自ら特攻に志願した藤井中尉には、この開聞岳は
どう映ったのでしょう。あなたは、なんのためにその命を投げ出したのですか?

 あなたは特攻に行かなくていい地位にいたのに...........。
あなたは、なんのためにその命を自ら投げ出したのですか?
なんのために?なんのために?ひょっとしたら、未来の日本人のため、僕らのためだったのですか?

 あなたは、なんのために、この命を使いたいですか?
 あなたは、なんのために生きていますか?
 あなたは、なんのために働いていますか?

     『あした死ぬかもよ?』 ひすいこたろう 著


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