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「脱力ネタ」板

476「訊け」管理人:2013/11/02(土) 09:29:19


『生命の實相』14巻108頁より謹写――


◇ 現実の悪はどう改善するか

 しかし「悪」が現にここにあるのを見ないでよいものでしょうか。「悪」をそのまま放置してそれを改善するためになんらの手段方法をもめぐらさないでもよいものでしょうかとは、わたしがしばしば質問を受けることであります。しかしわれわれは「悪」に執着しないでも「悪」を改めしめることは可能であるのであります。それが「悪」であるとわれわれが知るのは、そこに「善」がないということであって、悪が積極的にあるということではないのです。 ―― これは実に大切なる真理であります。「悪」は無でありますから、「悪」を除かずとも善をつけ加えれば「悪」はおのずから消尽してしまうのであります。「善」をつけ加えるにはどうすればよいかといえば、どこまでも、どこまでも相手を理想化し、さらに理想化してどこまでも無限に相手を高め上げてゆくことにすればよいのであります。どこまでも人間を理想化して眺めても、人間は理想化しすぎるということはありません。なぜなら人間の實相は神の子であり無限に善さを備えているからであります。

 およそ相手を良くするには自身を良くすることが第一であります。自身が良くならないのに相手をよくなしうるということは困難であります。そしておよそ自身を良くするための方法は、自分の心の中に光明の精神波動を照り輝かすことであります。自分の心の中に光明の精神波動が波立っているときその人は善き人であり、自分の心の中に光明の虗藭波動が波立っていないとき、暗黒の思念が押しかぶさっているとき、その人は悪しき人なのであります。人の欠点を見るとき、その欠点に自分の心が捉われ、それをとやかく言挙げするとき自分の心の中には暗黒の思念が波打たずにはいないでしょう。「暗黒の思念」は決して相手を良化することはできないのです。良人を良くしてやろうと思って小言をいう細君が良人をますます悪くするのは、細君の心の中に「暗黒」の思念が波打っているからであります。細君が良くしてやろうと思って叱りつける良人が細君を良化しえないのも、細君を叱るときの良人の心には「暗黒の思念」が波打っているからであります。相手を良化しようと思うならば、まず自分の心の中から「暗黒の思念」を除去(とりさ)らなければならない。まず自分自身を、「光明思念」でみたさなければならない ―― 換言すれば相手の悪を見るような心になってはならないのです。結局相手の悪を見ないで實相を見る心にならなければならないのであります。ここにこそ自分自身が光明化し、さればこそまた相手が光明化してくる可能性があるのであります。

 われらが何人に対してでも相手の實相を見るようにするとき、われらは相手と調和するようになってくるのであります。實相においてはわれらは本来自他一体であるからである。調和しないで反目し相争うのは實相を見ないからであります。妻は良人の實相の円満完全なる姿を見るようにするとき良人と完全に調和してしまうのです。良人は妻の實相の円満完全なる姿を見るようにするとき妻と完全に調和してしまうのです。親は子の實相を、子は親の實相を見、執着の念を捨て、神の完全な護りのうちにあることを信じて、相手を神にまかせ預けるとき、親子は調和したものとなってしまうのです。そしてその家庭は幸福の家と化し、その生活は天国浄土となってしまうのであります。

 諸君よ、どれだけでも自分の妻を無限によい妻だと思い、自分の良人を無限によい良人だと思い、自分の親を無限によい親だと思い、自分の子を無限によい子だと思え。善く思いすごすことに遠慮するな。どれほど諸君は自分の家族を理想化して考えてみても考えすぎるということはないのであります。この行事を毎日続けよ。諸君の親は、諸君の良人は、諸君の妻は、諸君の子供は日増しにその理想に近づいてくるでありましょう。進歩は絶えず継続する。そして歓びに満たされた家庭は出現する。家族の各員たち互いに相手を理想化して眺める行事にもまして尊い行事はないのであります。


<了>


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