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第2章(pp.43-53)

4OR:2012/06/26(火) 00:56:51
>「常識的」というか「一般的」に考慮すると無理がありますよね。
やっぱりここがけっこう引っ掛かりますよね。
言い方は悪いですが、キリスト教って他宗教とガッツンガッツン衝突しまくる宗教のような気が
するんですが、そんなにすんなりとケルト人をキリスト教化できたんでしょうかね…?
ケルト人が物凄く寛容だったのかもしれませんが、キリスト教徒は今までの宗教は捨てろと
言うでしょうし、それにはいはいと従ったと考えるのもちょっと無理が…

>もともと手仕事を奴隷にさせていた人々が、森の切り開きだけは率先してやり始める
たしかにここも引っ掛かりますね…
専門知識の勉強もしつつ開拓とかバイタイリティーありすぐる…
トマスの時代だと、トマスのように学問に従事する修道士と、托鉢したりして財政を担う修道士
という分業制になってたらしいですが、この時代からすでにそういった分業制ができてたん
でしょうか?

>自然の状態に価値を認める価値観の住人の理屈
他のスレにも書きましたが、やっぱりこの著者の方、中世贔屓してるような気がするんですよね。
退歩史観ではなく。

>著者の文章にたいする反証例としての文章なのでしょうか?
あ、分かり難くてすみません…

著者の方は、中世の人が数に神秘性を見出した理由として、天文学との関連を挙げていましたが、
それを主な理由とするのは僕はちょっとどうかと思います。
天文学がなくともピュタゴラスは数それ自体に神秘を見出していたわけですし、ヨーロッパ世界に
影響を与えた思想(カバラ等)の中にも、数自体に神秘を見出すものはあったわけで、天文学は
間に入らなくても別に数に神秘性は見出されると思います。
…と書きたかったんです……


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