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会議室|ふるやの森
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『別の世界に行く』という表現は、スピ系なチャネリング等々によく出てきますが、この表現は誤解を招きかねない表現だなと感じて仕方ない。
光闇や善悪、天国地獄なんてのと同じで、それらは相対的な比喩表現であるはずですが、自分の立ち位置は絶対的なモノであるという前提で、この比喩表現をそのまま受け取る人が多い。
相対的な表現を絶対的な前提に使うものだから、自分の意見と違うという面を強調して相手の意見を聞こうともせず排除するおかしな傾向が見られます。
このレスは、ミコノ氏や古谷氏やその他の方々がどうこうというわけではなく。
解釈の容易さからか、この表現がスピ系で多用されている現状を踏まえ、掲示板の趣旨に則って、補足情報として記載しておきます。
人が求める最も基本とする欲求は、恐らく、幸福でしょう。
人は幸福が得られる手法を試行錯誤して生きているわけで、不幸を求めて生きる人なんて誰もいないはず。
よほどの特殊事情がない限り、この点においては一致だと思う。では何が違うのかというと、その幸福を求める手法が違うということで。
この宇宙で独り生きていくなら手法の相違なんて関係ないですが、人は独りで生きているわけではなく、少なくとも地球という星に住んでいるのは独りじゃない。
個人や集団が関わり合い助け合って生きていくのが社会なわけだから、自分だけが幸せになればよいという理屈は成り立たない。
だから、自分が考える手法と、他人が考える手法の類似点や相違点を議論して、より効果的な手法に調和させていき、より多くの人が幸福と感じられる道を模索するわけで。
これが分離から調和へという表現が指す内容でしょう。
で、揚げ足取りや主義主張の言い合いではなくて、ちゃんと論点を踏まえて普遍的な議論を経ても、その手法が調和できない場合、『別の世界に行く』しか解決策がないなということで。
この『別の世界に行く』を別の言い方にすれば、『東京』が好きな人は『東京』に、『大阪』が好きな人は『大阪』に行くという感じで。
キッチリとした議論の果てなら、どちらが正しくどちらが間違っているなんていう観点があるはずもなく。
まともな議論が出来てさえいれば、『別の世界に行く』としても、『すべて在るがままでひとつ』という考えで調和を目指せると考えます。
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