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名古屋さんと語る3
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フランス第五共和国憲法典72条によれば,共和国の地方団体は市町村(Communes)県(Department)海外領土(Territoires d'outre-Mer)からなっていて,95の県からなるフランス本土とTOM DOMと呼ばれる海外領土と海外県からなっている。タヒチ島を中心とする仏領ポリネシアは日本と南米のほぼ中間に位置し,日付変更線を通過するため日本とは19時間の時差がありシャングリラと呼ばれる最後の楽園でもある。
タヒチ在住のスウェーデンの文化人類学者ベン・ダニールソン(故人)のところへはよく遊びに行った。話しを聞いたり書斎にあった「南の島のポール・ゴーギャン」を読むと案外人生を享受していたようで「月と6ペンス」とはだいぶ違いがあった。デンマーク人の妻と正式に離婚していなかったため ゴーギャンの愛したテフラとの子供エミール・アタイは正式に認可できなかった。アタイは6人の子供を作り,テツアヌイ・ゴーギャンという名の娘がマルキーズ諸島のアツオナに棲んでいた。今頃はきっとアツオナのゴーギャンの墓に一緒に入っているのかもしれない。
巴里で客死した哲学者の森有正氏は「生きることと考えること」の中で恋愛についてこう語っています。
『日本人の経験というものは,分析が本当の個人意識まで絶対に下がっていかないのです。最後のところに「親子」の関係とか,「夫婦」の関係とか,「家族」の関係とか,[友人」の付き合いとか,義理とか,そういうようなものが網の目のようにその中に張りめぐらされてある。
だから少なくとも二人の人間で一つの個性というと具合がわるいが,一つの単位を構成しているというところが出てくる。その場合に,自分の個を貫くために,その結びつきを破るかというと,日本人は破らない。それが日本人の根本的な長所であり,また欠点だと思うのです。
個人意識が大事だということは,最後のところになると親子,夫婦,師弟というふうな結びつきが破れて,それが個々に分離していくところにある。ヨーロッパのばあいは,あるばあいには,ほんとうに親も離れ,先生も離れ,国も離れ,社会も離れ,なにもかも離れて,自分一人になってしまうという経験が,事実そこまで行ってしまうのです。
夫婦でも日本みたいに融合しない。親子でももちろん融合しないし,師弟も融合しない。親は自分の責任を尽くして生きてきたのだから,あとから来た子供は,その子供自身の生活なのだから,その生活を自分で営んで,またその次に出てくる子供から離れて一人で死んでいくわけです。そうであるからこそ,ヨーロッパには本当の恋愛が可能なのです。
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