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『web「生命の實相」輪読会』 板

74a hope:2016/04/28(木) 07:24:37 ID:xVBwxesw

「生命の實相」第25巻 p171 後から4行目〜

三界は唯心の所現であり、業の流転でありますから、その根本原因たる「心」を治さないでいて「不幸」を取り除こうとすると、それが他の形の「不幸」になるのは当然であります。

病気は治ったが貧乏になったという人がありますが、児童の「成績不良」というものも業の所現でありますから、「成績不良」ばかりを治そうとしてやたらに学業を詰め込むと、家庭教師や参考書代に金を払って「成績不良」という「業」の現われは消える代わりに「貧乏」という「業」の現われとなって出るか、あまり詰め込んだり、入学試験に恐怖した結果、児童の健康を損ねて、成績不良が「病気」という業の現われに転換して出て来たりするのであります。

成績不良―病気―貧乏―こういうふうに一つの業の現われは、動悸を与えて流転せしめると形は変化して出るけれども、内容においては、依然としてわれらにとって「不幸」になるものとなって、その人に潜在せる業が形を表わすのであります。

そう言う人が、何か事業に成功して金持ちにでもなるとしますと、子供が不良青年になってみたりして、業が循環流転して、その不幸は尽くるところをしらないのであります。

(略)

苦しい業の顕われは、その一つを避けようとして攻撃すると、このように必ず他の形に業が転じて依然としてわれわれの苦しみは尽きないのであります。


こんなことではわれわれは永遠に業の苦縛(くばく)から脱することはできないのであります。

ではこの業の苦縛から脱する道はないのでしょうか?

否、否、それはないことはありません。

自己内在の「神の子」を悟ることであります。

自己内在の「神の子」を知ったときに「神の子」はすでにいっさいの業が贖(あがな)われていますがゆえに、もうそのような業の流転の世界に這入ることはないのであります。


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