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『web「生命の實相」輪読会』 板

220a hope:2016/08/20(土) 11:02:05 ID:xVBwxesw
十四、吾らは実在の実相のみを見、移り変わる仮の相(すがた)にとらわれず、常に光風霽月(こうふうせいげつ)の如き生活を営みて情(こころ)を動ぜざらんことを期す。

【第十四条説明文の抜粋】副題 「ものの内在生命の尊さに目覚めよ」

「生命の實相」第28巻p79 後から3行目〜

生長の家でよく「肉体はない」「物質はない」などと申しますと、何もないかのようにお考えになり、何物も無いと思って、「物質なんて粗末にしてもいいんだ、物質は無いのだから」というような人があります。

これは空思想に捉われた断見であります。

何も無いのではないのであって、そこに実相があるのであります。

物質は無い。物質は無い代わりに実相があるのであります。

「物」を見て「物質」だと思うからいけないのです。

神の生命だと見るのであります。

(略)

p81 5行目〜

……物質と見えるものの観方にも、それを単に「物質」と見る観方と、生命の表現として見る観方と二つあります。

生長の家の教育は物質を物質と観ないで生きた生命の表現として観、そこから生命を引き出すという芸術的観方であります。

(略)

p82 2行目〜

すべてのものは物質を見ていると善さが分からない。ジッと実相を見るとそのよさがわかってくるのであります。

芸術家は表現の上に生命の善さを現わし、教育家は生活の上に生命の善さを引き出すのであります。

すべての人々の実相を見るという立場になった時に、すべての人間がすなわち生命である――神の子であるということが感得されるのであります。

そういう立場において、はじめてすべてのものが、なるほど美しいものである、善なるものである、調和したものであると感じられるのであります。

こう感じるように生命を引き出すのが本当の教育であり本当の宗教であり、本当の芸術であります。

生長の家の生き方はすべての事物に対してその奥底にある善さを見出して、それを生かす生活であります。


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