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『web「生命の實相」輪読会』 板

133a hope:2016/06/22(水) 18:15:33 ID:vdNCBnG6

「生命の實相」第27巻 p108 後から6行目〜

「物質は無い」「肉体は無い」ということがわかれば、わが身というものはみんな幻のようなもので何も無いのだと思う観方を「断見」といって、釈迦がまちがった見解の一つして排斥されたところであります。

「物質が無い」と知ったと同時に「実相がある」と知り、「肉体が無い」と知ったと同時に「ほとけ が有る、それが自分だ、神がある、それが自分だ」と知らねばなりません。

「実相がある」「我(が)がある」と言ったら、その実相とはこの肉体の自分のことだ、「この肉体が有る」のだ、と思うのは「常見」といって釈迦はまた排斥されたのであります。

この「断見」「常見」いずれにも堕(だ)さないようにしなければ正しい悟り(正見 しょうけん)ではないのであります。

正しい悟りというものは、「無くて有る」この反対のことを一つに自覚したような状態にあります。

肉体の無がわかっていて、金剛不壊の実相が有ることがわかることが断常二見に堕さない正見なのであります。

この正見を得たときには「無くてしかも有る」ことがわかりますから、肉体が眼に見えていても、それがただちに無いとわかり、実相身が眼に見えないでも、それがただちに有るとわかり、「臨終の一念」を待たないでこのまま、今(いま)成仏していることがわかるのであります。


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