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『web「生命の實相」輪読会』 板

104a hope:2016/05/26(木) 07:46:47 ID:xVBwxesw

「生命の實相」第26巻 p155 8行目〜

井上――いくら学者を呼んだって、宗教的情操ではなしに宗教学的情操ではだめです。
ちょっと情操といっても霊的にならなくちゃだめです。
いくら「物」を練ったってだめです。

谷口――人格的信仰的になってこなくちゃだめですね。

井上――やはり自己の霊を信じなければ。霊の実在を信ずることが最も根本ではないかと思う。
それをまあこれまでは死んだらそれきりという浅薄な考えでやっているのですから。

谷口――来世の存在のことで思い出しましたが、宗教的情操とは、個と全体との融合意識、神と自己との一体感というものであるとして、それが、ずっとこの座談の主題を貫いてまいりました。
これは縦に自己の本質を貫く真理です。
ところが、今、井上先生のお話で思い出しましたが、宗教的情操のもう一つ横の真理となるものは、三世を貫く因果の法則を信ずるということです。
つまり生長の家でいうと「三界は唯心の所現である」というこういう心にこういう結果がくるのであるとうことを信ずることによって初めてわれわれは本当に正しい生き方ができるので、過去現在未来を通じて作用(はたら)く因果の法則を知らす、現世さえ好き候(そうろう)に生きたら後はどうでもいいのだというのじゃ本当の宗教的生活ができない――。

井上――それはどうしてもできないです。

谷口――しかし、三世を貫く因果の法則があるといっても、議論だけで近代人に、そんな
宗教的信念をもたすことはできない。
それには、やはり心の変化によって、いかに肉体の病気や、境遇や、環境がよくなるかという実証を示す威力がなければならない。
生長の家では病気が治るのは病気そのものを治すためではない。
「三界は唯心の所現である」という宗教的真理を知らしめて、生活を正しいものに具体的に導いてゆくためなのです。
……これで宗教的情操の「縦の真理」と「横の真理」がちょうど揃うわけですねぇ。
それではこれで閉会にいたしたいと思います。


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