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トーキングスティック板/2
573
:
tapir
:2016/11/19(土) 12:36:04 ID:mJKASjw.
>>572
神の子さん
ハンドルネームをお使いください。
今はあまり時間がないので、簡単に書きます。時間が取れたら、後程、続きを書くかも知れません。
生長の家は、「病なし」であると同時に「肉体無し」の教えです。
「病なし」は、すべての人間が現象的にどこにも欠陥の無い完全な肉体を持っていることを指すのではありません。
谷口雅春先生の御教えに「堅固法身 膿滴滴地」という教えがあります。
http://shimane-seicho.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/april212011-c0a.html
>>それを形容して、「膿滴滴地」と禅宗の本には書いてあるという。膿滴滴地であるにもかかわらず、和尚はいつも「膿が流れているそのままで堅固法身だ」とお答えになったのだった。肉体が堅固で健康である間は人間は堅固であるが、肉体がこわれたらもう堅固でなくなると考えているのでは、「人間は金剛不壊である」ことを悟ったのではないということである。ですから、肉体の病気にかかわらず、膿がたらたらと流れているそのままでも、自分の実相は堅固法身である、と悟らなければならないのであると示されている。<<
故人ですが、生長の家の本部講師で両手の手首から先を幼い時の事故で失った岡田淳先生という方がいらっしゃいました。不幸を乗り越えて、謙虚で、素晴らしいお話をなさる先生でした。手首を器用に使ってお箸もふつうにお使いになれる先生でした。岡田先生が生長の家に深く傾倒されたのは手の障害があったのがきっかけだったと聞いています。生長の家の本部講師になられましたが、先生の手先がもう一度生えてくることはありませんでした。それでも本部講師として人々を救って来られました。
軽いアスペルガーの場合は、一見「個性が強すぎる協調性の無い人」にしか見えないので、谷口雅春先生も谷口清超先生も、「今は若いからいろいろと人とぶつかっているようだが、年齢と経験を重ねれば、丸くなって立派な後継者になるだろう」と信じていらしたのだとも推察されます。
谷口清超先生も、谷口雅春先生も立派な生長の家の総裁であり、慈愛深い父であり、祖父でいらしたと思います。生長の家総裁として不適格とは思いません。
天皇陛下がパラリンピックの開催に尽力され、障害のある方々にお心を寄せていらっしゃることがお手本です。 「完璧な肉体」を求めるより、はるかに素晴らしい慈悲の表現だと思います。
谷口雅春先生の生きていらした時代には「自閉症スペクトラム」という言葉もなかったでしょう。
私の読んだ本は、『自閉症だった私へ』(ドナ・ウィリアムズ著)で、1993年に出版されています。その頃からだんだんこの障害が世に知られるようになったと思います。
「脳の障害」が消えることもあるかも知れませんが、消えなくても谷口雅宣先生の実相は金剛不壊であり、堅固法身なのです。何より、人間は肉体ではないのです。
ご本人がどれだけ努力を積むか、周囲の人々がどのように先生をサポートするか、信徒がそのことをどのように受け止めるか、すべての人々の人生勉強であると思います。
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