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トーキングスティック板/2

532tapir:2016/11/03(木) 11:49:30 ID:CxVXlSJM

>>525 「訊」様


 前のコメントにおいて、


>>榎本恵吾先生の説かれる「人類光明化運動」の見方が「正統」である<<


と表現しましたが、「正統」と言い切ってしまうと、誰かが「異端」なのかという誤解を生じる恐れがあるので、谷口雅宣先生より榎本恵吾先生の見方が「より正統に近い」と訂正させていただきたいと思います。


>>榎本恵吾先生の説かれる「人類光明化運動」の見方がより「正統」に近いと言える。<<


 別の言い方をすれば、「久遠を流るるいのち」の表現において榎本先生の方が「より優れている」となります。

 「久遠を流るるいのち」を「光」に置き換えれば、榎本先生の文章が「より明るい光」を放っているとも言えます。

 「光」の明るさは、「人を癒し」救う力の大きさでもあります。



また前のコメントにおける谷口雅宣先生の文章の説明について、補足いたします。

谷口雅宣先生の文章では、重要な事柄において「人と価値観を共有しよう」という意思が不足しているように思います。

他の人(榎本恵吾氏、岡氏)や歴史上の人々(大東亜戦争関係者)について「その人・人々がどういう背景を持ち、どういう気持ちでいたのか」ということを想像する力が不足している、「想像力の欠如」と思われます。

*「想像力の欠如」は、谷口雅春先生が若い頃に愛読されたオスカー・ワイルド著『獄中記』に頻繁に出てくる言葉で、ワイルドは「想像力の欠如」を強く非難しています。



 けれども生長の家の悲劇は、そのような資質の方が「総裁」という地位に就任せざるを得なかったことでもあります。


「総裁」に就任されてから、谷口雅宣先生は谷口雅宣先生なりに真剣に努力されてきたと思います。

谷口雅宣先生が、本部講師の一人であれば、『歴史から何を学ぶか』で「タブーをなくして議論しよう」と言われたようにその個性を生かし、組織を活性化するカンフル剤として有効な働きをされたことでしょう。



谷口雅宣先生の問題は、「総裁」=「御教え」という地位が引き起こした悲劇であり、新・生長の家においては、このような「総裁職」を廃止することが歴史の必然であることを指し示していると思わざるを得ません。


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