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トーキングスティック板/2

492tapir:2016/10/28(金) 10:36:11 ID:CxVXlSJM

>>474 「訊」様   


(3)の命題を考える前に、確認したいことがあります。


光明化運動は「現象」か、「御教え」かということです。


・光明化運動は「現象」である。(雅宣総裁説)

・光明化運動は「御教え」である。(榎本恵吾説)


生長の家教修会に出席した方の話では、谷口雅宣先生と榎本講師のやりとりは、かなり衝撃的な場面として、記憶しているとのことです。

谷口雅宣先生が、「光明化運動は現象でしょ。そうじゃないですか?」と答えられたことに対して、榎本講師は「現象ですか!」と言ったきり絶句したそうです。


前のコメントで、私はこう書きました。

>>10数年前の生長の家教修会で、故 榎本恵吾講師が谷口雅宣先生に質問された時に、谷口雅宣先生が「人類光明化運動は現象です」と答えられたと聞きました。現在も谷口雅宣先生が同じ考えを持っていらっしゃるかどうかは知るすべがありませんが。<<


最後の一行について、谷口雅宣先生が『歴史から何を学ぶか』172頁に次のように書かれているのを、本日、見つけましたので、これが現在の谷口雅宣先生のお考えだと思います。


文中で「そういうふうに」「こういうことは」というのは、この文章の前で、「生長の家教規」改正のことを話されたことを指します。


『まあ、そういうふうに我々の運動は、昔から完全であったわけではない。私が午前中に「我々の運動は現象だ」と言ったら、びっくりされた人もいたけれども、こういうことは皆、現象でしょう? 違いますか? 「条文の表現」がどうだこうだというのは、明らかに現象に属することですね。そういう意味で「現象」と言ったのですよ。「実相世界に根拠のない運動だ」という意味でいったのではない。我々の運動の根源が実相世界にあったとしても、それが現象として現れてくる時には、現象人間としての我々はまだ不完全な知識しか持っていないし、能力面でもまだ百パーセント〝神の子〟の本質が発揮されているわけではないから、どうしても不完全な形のものを表現してしまう。その不完全な部分は改善したり、改正すればいいんですよ。間違いは改め、訂正すればよろしい。』

(『歴史から何を学ぶか』172頁)



この御文章は一見、整合性があるように思えるのですが、「訊」様、トキ様、皆々様、どう思われますか?



私は、総裁が「運動は現象である」との認識を持っていらっしゃることが、過去の運動をどんどん改変して、御教えに深くかかわる御祭神まで改変したことにつながるような気がしています。


「細部に神が宿る」という言葉がありますが、運動で使う言葉(例えば青年会宣言綱領)に「神が宿る」と思えば、軽々しい扱いはできません。一方、運動で使う言葉が「不完全な現象」と思えば、簡単に破棄してよいことになります。


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