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トーキングスティック板/2

119欠席中の志恩:2015/08/18(火) 19:15:25 ID:6hRUvSRg
(続きです)

 ☆ 谷口雅春先生の「国家観」「日本観」について


【私は『生長の家』と云ふ大いなる団体を作って、その主宰者となり、自分の団体の勢力を拡大したいとは思っていない。

唯私の心の中には国家あるのみであり、人類あるのみである。

ここに私は『国家』と『人類』との二つを同格に平列せしめて語ったが、

私にとっては『日本国家』と『人類』とは同格なのである。

日本国家が栄えることによってのみ、人類は栄えるのである。

『生長の家』で説く『実相』は、既往の仏教者の大多数が誤って『実相即ち空なり』と説いたような『空』ではない。

『実相』とは空気のような、エ-テルのような空しき無常の存在ではない。

実相とは無限荘厳の組織体である。だから実相が顕現するとは、無限荘厳の組織体がこの世界に顕現しなければならない。

そしてヘ-ゲルも云ったように『国家は最高の組織体である』が故に、完全なる国家の顕現が、実相の顕現であるのである。

而して世界にありとあらゆる国家組織体のうち、日本国家のみが最高完全の組織体である

(その理由はその中心(すめろぎ)が万古不易永遠に続いているからである。
外国の国家のように中心定まらず、時々交代するようでは最高完全の組織体とは云い難い)。

それ故『日本国家』は神の理念の最高顕現であり、無限荘厳の実相の顕現であるのである。

而して『日本国家』が拡がり行くことは実相の顕現がひろがり行くこととなる。

『日本国家』のために尽くすことは『人類』のために尽くすことになる。

人動(やや)もすれば『国家』的立場は一つの民族的執着の立場であり、

人類的立場は一層高き普遍的平等的立場であると思いたがろうとするのであるが、日本国家に於てのみ、

国家的立場は人類的立場と完全に一致するのである。

国家的立場と、人類的立場と、家族的立場と、個人的立場とは悉く

『まこと』(実相)の一つに於て一致する、これが生長の家の光明思想である。】

       (『明窓浄机』草創篇257頁-昭和12年5月号)
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谷口雅春先生は、このように

「国家的立場と、人類的立場と、家族的立場と、個人的立場とは悉く『まこと』(実相)の一つに於て一致する、
これが生長の家の光明思想である。」とおっしゃっておられました。

雅宣総裁によれば、「鎮護国家」は、小さい話で、「世界平和」に置き換えると デカイ話になる ということなのでしょうか。

教団曰く・・
「鎮護国家とか、そんな日本のことばかり考えているからダメなんです。
もはや、そんな小さなことに拘っている時代はとうに過ぎたのです。
今の生長の家は、世界平和という世界レベルのことを考えているのです。」

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谷口雅春先生の教えの真髄・・・の1つ・・・

【中心帰一の神国の構図が「天皇国・日本」である。

「鎮護国家」とは、神様の理念を お守りすることにほかならない。

「日本」という国がなくなったら、神様の構図を 具体的に示すものがこの地球上から消え去ってしまう。

それは まさしく谷口雅春先生の教えが なくなってしまうも同然、

それほどまでに 重大な教えが、「鎮護国家」の教えなのである。】


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