したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

本流対策室/6

33トキ ◆AXzLMGIbhk:2015/02/04(水) 21:06:23 ID:q.BS7ms2
「神の継承者であるということ」

 人間は”神の子”である。”神の子”であるということは神の持ち給まえる一切の善きものの
継承者であるという意味である。神の無限の善きものは悉くそれを継承し利用し役立てる力
と権利と義務を与えられているのである。あなたはその権利と義務とを履行しなければなら
ないのである。あなたは神想観して、自己の実相が”神の子”なる実際を充分自覚して、本当
に神の万徳を継承しなければならない。「継承者である」ということと「実際に継承する」
ことは異なるのである。放蕩息子も親の財産を継承する権利を本来もっているけれども、実際
に継承させてもらえないかも知れないし、継承しても、それを正しく使用しないで却って不幸
をもち来すかもしれないのである。即ち「継承者」であることと、実際に継承して、親に喜ん
で貰えるようにそれを使うこととは別な事が判るであろう。

「栄える生活 365章」 谷口雅春先生著、91ページより謹写
----------------------------------------------------------------------------------------------------

*この御文章は、教団側にも、本流復活派にも、私にも宿題というべきものを含んでいると
感じます。

 いわゆる教団側の法灯継承論は、法灯は総裁に継承されたのだから、総裁のご指導には
無条件に従え、というものです。しかし、上の御文章を拝読すると、法灯の継承とは、
継承者としての権利と義務と責任を受け継いだものですが、それを正しく使わなければ
意味がない、という事になります。無条件に従うことを求める意味ではないと考えます。

 また、一部の本流復活派は、総裁と教団の正当性を否定する事に全力を尽くしますが、
それも行き過ぎである、という感想を持ちます。教団が現在おかしな指導をしているの
は信徒の多くが感じている事ですが、それをもって教団そのものを否定する事もできな
いと感じます。ましてや、谷口雅春先生の教えを正しく継承するとするなら、より慎重
な言動が求められる、という事になるでしょう。

 そして、信徒の立場からいうと、神の子である、という事は、現象のそのままの
言動がそのまま肯定されるのではない、という事を意味します。神の子であるという
権利と義務と責任は継承したが、それを正しく使わないと、意味がない、という事
です。これは、私も反省すべきだと思います。

 脚下照顧の大切さを思います。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板