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6519
:
シャンソン
:2016/02/20(土) 00:18:36 ID:DRw9RNgk
「そ・わ・か」で生きると謙虚になれる
松下幸之助さんが、経営の神様と呼ばれるようになって、インタビューを受けました。
その中で、経営の神様と言われるようになった理由を質問された。「幸之助さんはそれがどういう理由、
原因でそうなったと思いますか」。幸之助さんの答え。「運命と言うほかはないでしょうね」。
これはすごい言葉ですね。幸之助さんは、日本で一番のお金持ちになり、「大松下」と言われるほど会社も
大きなものになったわけですが、そういうのも全部運命として受け入れていた。
幸之助さんの中には、どうも謙虚さというものがずっとあるようです。
自分の力でやっているのではないという概念があるのですね。
「そ・わ・か」(「掃除」「笑い」「感謝」)も「謙虚」という一つの概念でくくることができます。
謙虚の中の一部に掃除がある。謙虚さの中に笑いがあります。笑いとは肯定すること、受け入れることです。
感謝というのも、自分の力で成し遂げたのではないという謙虚さから出てくるのが「ありがとう」ですね。
ですから、「そ・わ・か」の三つのいずれにも、全部謙虚さというものが入っているのです。
それが言い方を変えると、「運命だったんでしょうね」という言葉に集約されます。
そういう意味では、このような話を聞けるということも、生まれる前に自分が決めてきたシナリオです。
運命というほかはない。その運命を自ら喜ぶことです。
お釈迦様が、砂でずっと覆われている川べりを見ながら弟子たちにこんなことを言いました。
「この砂の一粒一粒が衆生である。大衆である」。次に一杯の砂を手ですくった。
「これが、縁あって私の話を聞ける人である」。お釈迦さまの教えを直接聞けるラッキーな人達です。
そして親指の爪の上に砂を載せた。「この親指の上に載っている砂だけが、私の話を理解できる人である」。
こういうことがわかってくると、みなさんも自分がすごくラッキーであることがわかります。
自分の努力の結果としてこの教えに触れたというのはちょっと違いますから。
これを生まれる前からの運命だと思うことで、より謙虚になることができます。
実は運命に良し悪しはありません。運命自体には、良いも悪いもないのです。
私は運が良かったと過去形で言ったとします。過去形で言った瞬間に、運の良かった人になります。
私は運が悪かったと過去形で言ったら、運が悪かった人になります。
運の良し悪しは、結局自分が決める。自分は何であっても運が良い、ツイてる、ラッキーだと言う人は、
ツイてるし、ラッキーなんです。運が良い人とは、自分は運が良いと言ったり思ったりしている人のことです。
ですから、幸運でラッキーなものを手に入れたければ、自分がそういう言い続ければよい。
ただ、幸運でラッキー私はツイてると言い続けている人には、本当にそう思っているかを問われる現象も起きるということを
覚えておいてください。運が良いと言っていても、思いどおりではないことが起きたら、すぐ落ち込んで愚痴を言って泣き言を言ってしまうと、
運の良い人ではなくなるようです。
つらいとか悲しいとかつべこべ言わないで、「そういうこともあるよね」「これも自分の書いたシナリオであり、運命だもんね」と
受け入れていると、何かドーンと本当のツイてるというものが来るみたいです。
どうも人間の運というものは、幸運だ、強運だと言い続けることによって身についてくるものなのではないでしょうか。
私は運が悪いとか、ツイてないと言い続けると、運が悪くなってツイてない人になるようです。
幸之助さんは「わしは運が強い。幸運で強運だ。わしは運がいい」と94年間ずっと言い続けた人でした。
踏切で転んでも、電車にひかれなかったから運が良かった。船から海に落ちても、冬の寒い日ではなく夏だったから死なずにすんだ、
助け上げてもらえて幸運だったというように、何があっても運が良いと言っていたそうです。
幸之助さんは、謙虚さの塊として、運命を受け入れていたのではないでしょうか。
『なぜ、神様を信じる人は幸せなのか?』 小林正観 著
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