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実相哲学を論じる部屋

802「考える」管理人◇日野:2018/05/14(月) 07:31:06 ID:ub2TmCpc

>この雅春先生の御文章が正しいのであれば、【孫にあたる雅宣先生は天界に生まれている】ことになります。【いや彼は迷っている】と云うのであれば、雅春先生は悟境に入っていないことになります。<

ここでいう「天界」は輪廻転生上の天界であり、必ずしも実相世界を意味するものではありません。例えば、『甘露の法雨』における「天界の諸神」は第三義の神です。

>自分ひとりがそのような悟境に入れば九族悉く天界に生まれるのであるから、「迷っている霊はひとりも無い」 ということになるのである。「あの霊が迷っているのではないか」 と “迷い” に引っかかるより先に自分が迷っていないようになることが大切である。<

これには若干の方便めいたものも感じます。ここでいう「迷っている霊」とは「胃袋もないのに胃病の念を、心臓もないのに心臓病の念を子孫に送るような霊」を指しているのではないでしょうか?

そういう意味の霊は総裁家には存在しないでしょう。谷口雅宣先生も天部であり、第三義の神(人格神)であって崇敬の対象となるべきであると思います。


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