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実相哲学を論じる部屋
470
:
縹
:2014/06/25(水) 17:05:14 ID:oeUx5MQw
469番 あめり様
合掌 ありがとうございます
こんにちは、あめり様、お話しを受け止めて下さってありがとうございました。
でもきっと、周りの皆様は、私のお話しが間違っていないか心配しておられると思います。
私は偉い人ではございませんので…。
>生長の家は、<生命の實の相>、神の秩序を顕す運動と思いますが、
>み教えで説いて下さっているその秩序や中心の相を”観る”ことでなければ、
>政治や環境など外界の”悪”を直す運動や、
>ただ悟りや”奇跡”を求めるような、既存の宗教観と変わらなくなるのではないでしょうか。
>實相の秩序を説いているからこそ、生長の家は類のないみ教えですし、
仰られますように、生長の家は神をあらわす運動でしたね。
そして、谷口雅春先生は、人生の最後に、神様を顕して下さったのだと思います。
単なるお社に見えていますけれども、とても重要な意味があったのだと思います。
しっかり三位一体の形を取り、オリオン座の住吉三神三ツ星のように、日本の生命的国家の姿を表現して下さったのだと思います。
偉大な方過ぎて、涙が出るのですが…
私は他にも、日本の国土が、生命的国家になっていることを見て参りましたので、
本当に日本は、“神の子の姿”をしているのだと思っています。
神が顕れた状態とは、お聖経の中にも、
「神があらわるれば“乃ち”
善となり、
義となり、
慈悲となり、
調和おのずから備わり、
一切の生物処を得て争うものなく、
相食むものなく、
病むものなく、
苦しむものなく、
乏しきものなし。
神こそ渾ての渾て、
神は渾てにましまして絶対なるが故に、
神の外にあるものなし。
神は實在のすべてを蔽う。
存在するものにして
神に依って造られざるものなし。」
と書かれてございます。この“乃ち”は、通常でしたら、“即”という字が当てられますが、
わざわざ、“乃ち”という字にされているのは、
「たちどころに
たちまちに
すぐさま」
という意味合いになるからであるそうです。
これが、神様が顕れられた状態であるそうです。
弥勒の大楼閣も、この状態である、と第39巻に書かれていますね。
華厳の真理である、日本に関する真理は、このようにして観るのだと教えられています。
物質的に見たら、ただの山に見えていても、“生命”を把握して眺めれば、そこに秩序性が認められ、
神が顕れた姿に見えるのだと思います。
そして神が顕れたら、自然にこの世界は良くなるのでしたね。
私たちの運動は、神を顕す運動でした。
まるで勝敗を決める為に戦っているようですが、勝利者は居なくても良いのだと思います。
勝利者は、ただ神様だけで良いような気がします。
>大きな次元で真理が今、生きて働いていることを感じられたり
私は、預言の通りになっていると思います。
そして今後は、生長の家に、スピリチュアル系の人々も、流れ入って来られるような気がします。
すべての人が追い求めている真理が、生長の家にあると思います。
いつも本当にありがとうございます。
益々のご活躍をお祈り申し上げます。感謝を込めて… 再拝
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