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実相哲学を論じる部屋
440
:
志恩
:2014/06/10(火) 11:02:45 ID:.QY5jUA6
🇯🇵「鎮護國家」顕祭への道⑤ (8388)
日時:2014年05月21日 (水) 23時39分
名前:亀の子
0.はじめに
いままで、「「鎮護國家」顕祭への道」というタイトルで、「顕斎」(本当は、「顕斎」という字が正しい。
「顕祭」と「顕斎」の違いも考察してみたい)の方を中心に取りあげて来た。しかし、「鎮護國家」の方の思想や意義については、あえて触れて来なかった。
「顕斎」の意義としては、谷口雅春先生の『神の真義とその理解』に詳細に記されているし、「年史」の方では、
『生長の家五十年史』(特に、「第五篇 信仰集団の確立と住吉大神の顕斎」に詳しく記されている)に時代背景とともに、詳しく記されている。
また、総本山の情報誌である『顕斎』に以前、『生長の家五十年史』をまとめられた阪田成一先生の「顕斎とその後の歩み」という連載の文章があった。
しかし、自分の中では、谷口雅春先生に於ける「鎮護國家」の思想とは、いかなる意味なのか、ハッキリして置きたいという思いがあり、
「鎮護國家」の思想について、触れて行きたいと考えている。また途中に谷口雅春先生の思いなども『生長の家』などから紹介したい。
そもそも「鎮護國家」とは、どういう意味なのか。昨日は、「鎮護國家」の思想、「鎮護國家」と「神道」の関係等にについて、
色々調べていたため投稿できなかった。
しかし、「鎮護国家」というワードで書籍を探してもそう多くはない。また、ネット上で「鎮護国家思想」の説明は、思ったより短い。
※ 生長の家関係では、田中忠雄先生著『現代への警鐘 (田中忠雄著作集9巻)』 (内容−生命の論理と天皇/鎮護国家思想他)がある。
1.「鎮護国家思想」とは
まずは、ネット上で拾った「鎮護国家」の思想を二・三あげておく。
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1.鎮護国家思想とは、奈良の大仏建立と共に東大寺が建立されたように、国を仏教によって纏めようとした思想です。古くは聖徳太子に始まり
、奈良時代は聖武天皇が実践し、平安京では東寺と西寺とが建立されて鎮護国家護国の寺として存在しました。
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2.鎮護国家(ちんごこっか)は、政府が仏教を利用して内政の安定を図ろうとした政策、または、仏教には国家を守護・安定させる力があるとする思想。
思想としては『仁王護国般若波羅蜜経』や『金光明最勝王経』に説かれているが、この経典を供養することで国家が守護されるとされているところから、
南北朝時代の中国や奈良時代の日本で盛んに仁王会や最勝会などの法要が行われた。
また、鎌倉時代には、時代の転換期であり、また蒙古の襲来など、社会情勢が不安定であったことから、栄西の『興禅護国論』、日蓮の『守護国家論』、
『立正安国論』など、鎌倉新仏教の開祖たちによって、仏教の思想(自派の教義)こそ国を救うものであると盛んに説かれている。
特に、日蓮は立正安国論の中で盛んにこれを喧伝し、政府による国立戒壇の建立によって国家と人々は救済されると説く。
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3.日本思想
2.中世思想
封建制度が定着する以前の日本の古代・中世の思想は,仏教がその主流をしめた。聖徳太子によって政治的に導入された仏教文化は,
奈良時代に鎮護国家思想として完成。平安時代にはいると,鎮護国家の仏教にかわり私的な現世利益を呪術的に実現しようとする密教がさかんになる。
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上記のネット上の文章1と3の中に「聖徳太子」の名前が見える。
自分の手元には、生長の家本部に居た先達の記した「鎮護国家の思想的系譜」という纏まった文章の一部がある
(昭和五十四年二月から昭和五十五年十二月まで14回に分けられたものであるが、残念ながら引っ越し等で散逸してしまった)。
この「鎮護国家の思想的系譜」の内容は、聖徳太子を中心に鎮護国家思想について記されているが、今読んでも、とても難解であり、何回も咀嚼する必要がある。
(その12)の最後には「鎮護国家思想を吾々が調べるのは、決して過去に対する郷愁でも何でもなく吾々の今日的課題に真直ぐに繋がっているからであり、
文字通り、“温故知新”であるのである」と述べられている。
これらの日本思想としての「鎮護国家思想」というものと谷口雅春先生に於ける「鎮護国家」の思想を考えていく予定である。
(つづく)
< 平成26年5月21日 記 >
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