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実相哲学を論じる部屋
370
:
初心者
:2014/03/29(土) 23:15:46 ID:k.9Qtig6
環境破壊を「あり」と認めるのは悪を認める二元論だから虚説となるのですよね。聖地は善であるから、これを「あり」とするのは真理であるということも教えていただきました。
ではおたずねいたします。
世界中のすべての宗教の聖地は「あり」としてよいということですね。生長の家の聖地だけが「あり」というわけではないのですね。
聖地は真理であるにもかかわらず、聖地奪還のための戦争はじっさいに起きてますよね。たとえば十字軍の遠征は、エルサレムという聖地を奪還するための戦いとされています(じっさいにどうであったかはわかりませんが)。
「生長の家では現象世界に聖地があると考える」ということは確認いたしました。「現象世界にある」とされるエルサレムはたしか、キリスト教やイスラム教だけでなくユダヤ教の聖地でもあったはずですが、こうしたことがやっかいな問題をひきおこしてきたのは間違いのないことです。
「ある」ということは、現象ではないということであり、それは実相ということになります。ではおうかがいいたします。実相世界の展開であるはずの聖地がなぜこのような問題をひきおこすのか、その理由をお聞かせください。
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