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復興G
:2013/09/07(土) 07:07:22 ID:AB6RqYXc
人 生 の 秘 訣
(谷口雅春先生著 『無限供給の扉を開く』 より)
ある傷痍軍人の實例
ここで、今ちょっと思い出したのでありますが、戦争直後でしたが、あれは、多分、九州の福岡で講習がありましたときでした。傷痍軍人(しょういぐんじん=戦地で傷つき身体障害者となられた元軍人)の方で、脚に弾丸を受けて、傷は治ったが、その一方の脚が曲らないで、坐れないので脚を投げ出しておられた受講生がありました。
そのときに、私は、高千穂(たかちほ)の峰(みね)に登った時の話をしたんです。あの高千穂の峰へ、日向(ひゅうが)の方から、霧島山を登って行きますと、頂上に天逆鉾(あまのさかほこ)というのが祀ってある。天から逆さまに宇宙を貫いて落ちてきた剣だとして祀ってあるのですが、そこへ達する少し前の所に、 “馬の背越え” という所があるんです。ちょっと馬の背中みたいな恰好(かっこう)に、土が高く盛り上がっていて、そこから坂が急になって登るんです。その “馬の背越え” という処に暫(しばら)く立って崖を俯瞰(ふかん)すると、その崖が、これは豪雨でもあったときに、山津波(やまつなみ)でも起こしてシャーッと山の一部が切断するように壊(くだ)けてズリ落ちて、その土の滑り落ちた跡が截(き)り立ったような垂直の壁面を山肌に作っているのです。それには速力の感じが出ていて、速力はやくサーッと画筆を名画家が墨痕淋漓(ぼっこんりんり)と走らせたような力の感じの美しさというものがその崖の壁面にあらわれていたんです。その光景を私は話して、
「神様のお創造(つく)りになったものは全て美しい。そこには神の生命が動いておって、皆んな美しいんだ。この截(き)り立った山の肌は山の一部が崩れて落ちた跡で、謂(い)わば、これは山の傷痕(きずあと)である。此の山の傷痕でさえもこんなに美しいのである。
それなのに、天皇陛下のために大東亜戦争で戦って、そして負傷した傷痕を、 “私はこんな見苦しい身体(からだ)になっている” と思って怨みに思っている人があるかしらんけれども、それを、みる眼で見たならば、此の山の肌の傷痕が美しいのと同じように、實に美しいのである。その傷痕にも、生命の動きがあらわれているのである。
すべて生命の動きのあらわれているものには何でも、なんとも言えない美しさがあるんだ。それがわからないのは、観る眼がないからである」 ――というような話をしたんです。そしたら、その瞬間に、その脚を投出しておった人が、ちゃんと坐って、それから今まで跛(ちんば)ひかなければ歩けなかったその人が、講習が終ると、跛をひかないで、ちゃーんと歩けるようになって、礼を言ってお帰りになったので、受講生一同が大騒ぎでこの傷疲軍人を祝福したのでありました。
この人が今まで、脚が硬直して曲らなかったのは、 “自分は、戦争のお蔭(かげ)でこんな目に遭(あ)わされて……” と思って、国家を怨(うら)んだり、軍を怨んだり、或いは敵のアメリカ兵を怨んだりしておったので、その硬直した心が、肉体にあらわれていたのでしょう。ところが私が、 「この山肌の、崖の崩れた傷痕でさえもこんなに美しい、いわんや天皇陛下の御いのちのために働いて傷ついたその傷痕というものは、決して見苦しいことはないのである。美しいんだ。それがわからないのは、吾々の心の眼が開かないからである」 ――という話をしたときに、
“私は戦争のために傷ついた。自分は被害者だ” と考えて怨んだり憎んだりしていた今までの一切の怨みや憎しみが消えて、 “自分のいのち” が大いなる天皇の “大御(おおみ)いのち” の中に融け込んで、そしてこうして国家のために、天皇のために働いたお蔭でこうなったんだ。これは却(かえ)って有難いんだ、ここに私の忠誠のシルシがあるという、傷痕を祝福する気持が起ったらしいんです。そうすると、その脚が治って跛(ちんば)をひかないで起ち上がって当り前に歩けた、というのであります。だから肉体はまことに “心の影” であると、いうことがわかるのであります。
<つづく>
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