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52復興G:2013/07/31(水) 06:51:34 ID:AB6RqYXc

   『神癒の展開としての人類光明化運動』
     ― 「神癒の社 “無” の門関・入龍宮幽斎殿」 にての覚え書―
             榎 本 恵 吾 

         四十二

『住吉大神宇宙浄化を折る神想硯』 において

  住吉大神(すみのえのおおかみ)出でまして宇宙を浄め給う
  あー、おー、うー、えー、いー、
  住吉大神わが日の本を浄め給う
  あー、おー、うー、えー、いー、
  住吉大神ここにあつまれるすべての人々の生命(いのち)を浄め給う
  あー、おー、うー、えー、いー

 と唱えるのである。 「宇宙」 と 「日の本」 と 「一人一人のいのち」 とはひとつであり、同じことの中身を別の表現をして唱えているのである。

 浄まるとは、元(はじめ)の元(はじめ)に還り、一つであることにほかならないのである。また、

 住吉大神すべて(又は宇宙)を浄め終りて
 天照大神出でましぬ。

 と唱えるのであるが、 「天照大神」 と 「住吉大神」 と 「全宇宙」 とはひとつなのである。ひとつであることが浄まっていることなのである。ひとつであって、多として展開しているのであるが、やはり一つなのである。

 入龍宮幽斎殿における神想観において、

  天照大御神(十回繰り返す)
  住吉大御神(  〃   )
  塩椎大御神(  〃   )

 と唱えるのであるが、 「天照大御神」 も 「住吉御大神」 も 「塩椎御大神にもひとつなのである。そして 「龍宮海」 も 「龍宮城」 も 「吾れ」 もひとつなのである。ひとつに還っていることが全身全霊が浄まっていることなのである。

 さらに、 「神の無限の智慧の海」 も 「神の無限の愛の海」 も 「神の無限の生命の海」 も 「神の無限の供給の海」 も 「神の無限の歓喜の海」 も 「神の無限の調和の海」 もひとつなのである。一つであることが 「如(にょ)」 であり、 「如意宝珠(にょいほうじゅ)」 なのである。それが如意自在のいのちなのである。

  「わが全身如意宝珠なり」 とは自分のいのちが 「天照大御神」 であり、 「住吉大御神」 であり、 「塩椎大御神」 であり、 「龍宮海」 であり、 「龍宮城」 であり、 「一切の宝 即ち全宇宙」 であることであるのである。
 聖典 『生命の實相』 に出て来る 「あるのである」 とは 「實在(ある)ので實在(ある)」 ということなのである。實在即ち 「渾(すべ)ての渾て」 が 「渾ての渾て」 しているところのひとつなるものの、浄まり切りたるものの、天国なるものの純粋なる創造的持続を表現しているのである。

 尊師谷口雅春先生は、よろこびの余り、 「……であるのである……」 と 「ある」 を無限に並べて、続け給いたかったのであろう。そして最小限の複数として止められたのであると拝察するのである。

 聖典 『生命の實相』 はひとつなる、絶対なるものの純粋なる創造的持続として文字が配列されており、一文字が、渾ての渾てであることの、浄まり切りたる聖なるものの鳴りひびきであるのである。(1998.8.11)


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