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29復興G:2013/07/13(土) 04:51:43 ID:AB6RqYXc

   『神癒の展開としての人類光明化運動』
     ― 「神癒の社“無”の門関・入龍宮幽斎殿」 にての覚え書―
             榎 本 恵 吾 

          二十四

 幽の幽なる、身(みみ)を隠し給える、元の元より発し給うている、イザナギの大神が禊(みそ)ぎ祓(はら)い給うということは、消え切りの澄み切りのあるべき姿に還り給うことを意味しているのである。 「伊勢神宮の神前に於ける神想観」 において唱える言葉の一節に、

「畏くも宇宙の大神イザナギの命(みこと)筑紫の日向(ひむか)の光明遍照の實相の世界にみそぎ祓いたまう。

 その宇宙浄化の御はたらき現われて住吉の大神となり給う」

という言葉がある。住吉の大神が宇宙を浄め給うとは、宇宙がみずから消え切りの、澄み切りである、聖なるまことの相(すがた)を観じ給い、祝福し、その本来のまことの相がますます輝きを増すことを意味していると言わなければならないのである。

 かつて、幽斎殿において神癒祈願のための神想観中に、それは尊師が昇天されて一週間たった日のことであるが、ふと心の中に湧き上がった想いがあったのである。それは、

「尊師は九十二歳で卒然として昇天され給うたが、九十二年の間には、一日ぐらい、いや半日ぐらい、いや一時間くらいは曇った日もおありになったのではなかろうか……。その曇りが、もっと人類の役に立ちたかったとか、もっともっと聖典を著したかった、というような、とてつもなく崇い崇いことではあっても!」

 という想いであった。

 するとその時、私は、観たというか感じたというか、朝焼けのような光明遍照の中に、限りもないニコヤカさで、幸いに満ちた、さえぎるものなき、ただただ、在るものだけが在るのみというほかはない、宇宙いっぱいの自由とでもいわざるを得ない雰囲気で尊師のお顔があらわれられて、

「あのね。私は無いんだよ」

とおっしやったのである。

 そこには尊師御みずからの消え切りの、澄み切りの聖なる輝きがあるばかりであって、そのよろこばしさの中に私は浴しているのを味わったのである。

 そこには、何年何月何日に自分が生まれて、そして修行して悟って、その悟りを弘めるためにこれだけの本を書いて、そしてこれだけの人類への貢献をしてというような、ご自分をかかげておられる相は無かったのである。

 自分がやったということになれば、どれだけやっても 「それだけか」 ということになるのであろうが、そもそもそれが出来たか否かということに悩む自分そのものが無かったのであり、自分が要らなかったのだと消え切りの澄み切りに輝いておられたのであった。

 その時、私は自分が無いということはそんなにも嬉しいことであるのか、ということを想わされたのであった。自分は、このよろこびを味わう自分があるということは自分が消えていないことなのではないか、と想っていたが、自分がないということはそこに悦びがあることなのである。悦びがなければ自分が消えていないことなのだ。よろこぶ自分があるということと、自分が無いということとは矛盾しないのだということに目を開かされたのであった。

『無門関』 に、 「師に逢うては師を殺し、仏に逢うては仏を殺し」 という言葉がある。

 しかし生長の家はそんな血生臭い、大立ち回りはしないんだよ。私は無いんだよ」

 と師の方がみずからの消え切りの澄み切りの聖なる輝きそのものであることを拝ませて頂くのである。

『聖使命菩薩讃偈』 には、 「応化(おうげ)して仮りに聖姿を顕じ、広大の慈門を開き給えり、名づけて生長の家と謂う」 と書かれているのである。これは生長の家でさえ仮に顕じられたものであること、生長の家みずからの消え切り、澄み切りを意味しているのである。

 生長の家が無我即ち感謝礼拝の教えである所以である。(1998.7.24)


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