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Web誌友会 板/2

2785復興G:2013/09/17(火) 15:44:49 ID:AB6RqYXc

>>2784のつづきです。

 谷口雅春先生は、同上書に、あるご婦人に対して次のようなご指導をされたことが記されています。

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 或る時の白鳩会例会で一人の婦人が、「結婚してから一年になりますが、良人(おっと)の妹が事毎に自分に楯ついて、一緒に生活するのが到底たへがたい思ひがします。一そうのこと離婚して頂きたいと思つてゐますが、先生一体どうしたら宜しうございませうか」と問うたのであつた。

 私は其の時、日本の家庭が今迄どんなに人間を縛つてゐるものであるかを痛感したのである。結婚は新夫婦當事者の愛の結合であつて、決して「小姑」と称せられる如きものから窘(いじ)められるために結婚するものではないのである。また良人の姉妹であるがゆゑにとて彼の妻を圧迫して好(よ)いものではない。其処には日本の家庭にありがちな、深く父コンプレックスに根ざしたところの悪習俗が残つてゐると云はなければならないのである。

 良人側に属する姉妹なるが故に、妻側をいぢめて好いと云ふやうな考へが、完全に日本の各人からぬき去られない限りは、日本の家庭の不幸は払拭されやうがないのである。

 無論、いぢめられるのは其の婦人自身の自覚が足りないのでもある。恐らく其の婦人の心の中に、嫁に行けば姑や小姑とからいぢめられるのが當然である。これは巳むを得ざる女性の運命であると云ふやうな諦めが其の婦人の心の中に存在したことが、其の婦人が小姑からいぢめられた原因の最大なものであるのであらう。

 『智慧の言葉』にも、「人間は先づ自分を侮つて他より侮られる」と云ふことが書かれてゐる。「弱きものよ、汝の名は人妻なり」と云ふやうな氣の毒な自己輕蔑自己侮辱が、他の圧迫を招び出すやうになつてゐるのだと云ふことも出來るのである。私はその時斯う答へて云つたものである――

 「なにも貴女は妹からいぢめられる必要はないではありませんか。世の中には姑にいぢめられる嫁もあるが、姑をいぢめる嫁もある。それは必ずしもどちらを窘(いじ)めるかは決つてゐない。しかし弱い者は強い者に窘められるのであつて、その反封はあり得ないのです。

 貴女が妹にいぢめられると云ふのは貴女が弱いからなんですよ。あなたの爲すべきことは貴女が強くなることなんです。鼠(ねずみ)は猫に窘(いじ)められる。それは鼠の方が猫より弱いからです。鼠が強くて猫が騒ぎ立てても平然としてゐるし、咬みついて來たら、逆に払ひのける力があるならば、猫は決して鼠をからかひには來ないでせう。他から虐められないためには先づ強くなることが必然です。」
   (谷口雅春先生著 『善と福との実現』 より)

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 ――そうしてこのご婦人には、夫婦が一緒にその妹のところから去って別居することを勧められたのですね。

 愛娘 恵美子様の最初の結婚の場合は、戦時中のことでしたが、夫と性格が合わなくて、夫を尊敬し愛したいと努力しながら、どうしても愛することができなくて、悩み苦しみ、だんだん痩せ衰えて行く。それを、「私が悪いのです」 と自分を責めつづけている恵美子様の日記を見られて、谷口雅春先生は婿養子になっていた恵美子先生初婚相手の夫を離縁、離婚させられるわけですね。そうして――

≪私は雑誌に、離婚のことを発表したのである。(中略)

 平和家庭の模範であると考へられてゐる私の家庭に養子の離縁を発表することは、自分で自分の顔に泥を塗るやうなことになるのである。けれども私は自分で自分の顔に泥を塗ることに決心したのである。私は私がどんなに攻撃されても誤解されても好い、娘の生涯に新しい希望と道とを開かねばならないと考へた。

 今のやうに娘の良人がただ漠然と召集されて消息がないかのやうに、朦朧たるうちに隠されてゐたのでは娘は再び結婚の幸輻を味ふことは出來ない。ハッキリ別れたことは別れたと発表することによつて次の新生活の道がひらけるのである。私は決心して養子の離婚を発表したのであつた。≫
      (谷口雅春先生著 『善と福との実現』 より)

<つづく>


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