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生長の家政治連合と「今の教え」を考える/2

582うのはな:2013/06/19(水) 23:15:45 ID:EPuyWQDE
581 つづき

 本来、戦争犯罪とは、捕虜の虐待、民間人の殺戮、放火、略奪などをいうんだよ。
アメリカの広島原爆など民間人大量殺人だね。残虐なことは日本も戦争だから無かったわけではないが、日本が裁かれた
「平和と人道に対する罪」などというものは国際法には存在していない。
東京裁判は、このように文明社会では裁くことが許されない事後法で、しかも、取り返しのつかない死刑にされたのだよ。
裁判長やソ連の判事も不適格で、論外な裁判だったんだ。

 さらに、判決は裁判の前から決まっていた。これについては、パール判事のご子息プロサント氏が、次のように父が語り残していた、と
言っている。
「裁判所が判事団に指令して、あらかじめ決めている多数意見と称する判決内容への同意を迫った。さらにそのような事実があったことを極秘に
する為に誓約書への署名を強要された」これが極東国際軍事裁判の実態だよ。いい加減なものだね、どうしてこんな裁判の判決を日本人は後生大事にして、
戦犯とされて処刑された人たちの名誉の回復に政府も国民も立ち上らないのかね。

 しかも、十二月が来るといつも思い出すのだけどね、処刑されたのは、現天皇陛下、当時は皇太子であられたが、その誕生日だったのだよ。
未来の国民の象徴になられるお方の誕生日にだよ。この嫌がらせは、とても忘れてはならない民族の屈辱だと思うよ。
負けたが故の罪悪ということには与することはできないよ。だからこの裁判は勝者の思い上がりとゴリ押しそのものなんだよ。

 それを今なお信じて名誉を晴らそうとしないとは実は残念ではないか。この裁判は国際的にも評判が悪いんだ。
知らないのは日本人だけ。日本だけがデタラメな裁判結果を押し付けられたままでいる必要なんかサラサラないと思うよ。
これほど強引な“裁判”が行なわれたのは、アメリカが封建時代の経験、即ち中世の武士道とか騎士道の経験が無い歴史の浅い国であった
ことと無関係ではなかったと思うよ。

 だがね、アメリカも反省はしている。当時の絶対権力者であったマッカーサー自身でさえ、トルーマン大統領と昭和二十五年十月十五日、
ウエーキ島で会見した時、「東京裁判は誤りだった」との趣旨の告白をしているのだよ。

 ※これは平成十五年十二月一日付け日本海新聞「潮流」欄に掲載された一文である。
私は日本の将来をになう子供たちにこそ、日本の戦後を決定付けた東京裁判の真実を知ってほしい、と切に願っている。

 『日本人の誇りと自信を取り戻す33話』 徳永圀典 著


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