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生長の家政治連合と「今の教え」を考える/2

4938志恩:2016/08/14(日) 17:45:02 ID:6hRUvSRg
>>4937
tapirさまー
>>女系天皇が誕生しても易姓革命は起こらないという点はご理解いただけたのでしょうか。<<

tapirさま
コメント、ありがとうございます。

一般社会の老舗のご家庭や会社組織に婿養子を入るということと、
皇室に婿養子に入るソレとは、異なる考え方があるようですので、

皇室に婿養子に入った場合、姓がないのだから、「易姓革命は起こらない」のか?といえば、
改めて、色々と調べてみましたが、今の時点では、私は、あなたの考えに「納得しました」とは、
とても、お答えできないですね。

もしも、そのような考え方が、可能でしたら、2600年間、先人たちが、男系、のみを努力して
 継続してこなかったのではないかと、考えられるからです。

以下の考え方について、tapirさまは、どう、思われますか?
__________________________________
ネット情報より、

【姓なき易姓革命】

愛子様が独身で女性天皇となられ、民間人の佐藤氏とご結婚され、男子が誕生されたとする。
この「女系の男子」が次の天皇となったならば、これは女系継承となる。

しかし、田中氏は、その女系の男性天皇が、民間人女子とご結婚され、そこに生まれた男子が
次の天皇になれば、それは「男系にかえる」ことなのだという。これは、おかしい。

その男子は、父は天皇ではあるが、祖父は民間人であり、曽祖父・高祖父等とさかのぼっても、
歴代天皇にはつながらない。これを「女系の天皇」というのである。

そして、厳密に言えば、佐藤氏と愛子様の子である「女系の男子」が天皇となった時点で、
従来の皇室とは異なる家系に、皇位が移ったと見なしうる。

だから、皇室の伝統を尊重する日本人は、女系継承に反対するのである。

 田中氏が「男系にかえる」という時の「男系」とは、歴代天皇とは異なる新たな男系であり、
実質的に佐藤家に王朝が交代したと考えられるのである。皇室にはもともと姓がない。
佐藤氏は皇婿となった時点で、佐藤という姓を失う。

しかし、姓はなくなっても、佐藤氏を父とする子が皇位を継いだならば、
これは佐藤王朝に移行したのと、同じ意味を持つのである。

 田中氏は、女系継承に反対する者が、何をもって女系とし、何をもって女系継承としているかを
把握していない。
それは、この当代有数の歴史学者が、皇位継承の歴史そのものを正しく理解していないためではないか。
それとも、わかったうえで、国民を欺くために、敢えて異説を流布しているのか。

 なぜわが国の皇室は、皇統の危機において、田中氏が容認するような女系継承をしてこなかったのか。
直系の男子に適当な候補者がいなければ、直系の女子ではなく、傍系の男子に候補者を求め、
8親等、10親等の遠縁であっても、由緒のしっかりしている男系の男子で、
また適性のある方を天皇に迎えたのである。

 田中氏の理論を、藤原不比等や平清盛、足利尊氏らに教えたならば、そんな考えがあったのかと、
彼らはやすやすと皇位を手に入れただろう。

まず女帝を立て、自分の息子をその婿とし、生まれた孫を天皇にすれば、よいからである。
その天皇にさらに一族の娘を嫁がせる。表面は姓のない皇室が続いている。

しかし、実質は別の王朝に移行している。そして、皇室の権威をわがものとした権力者は、
わが国の歴史上見られなかったほどの絶大なる権力を掌中にしたに違いない。

 田中氏の理論は、皇位簒奪を正当化する「姓なき易姓革命」の理論とさえなっているのである。

 田中氏は、女系継承の容認に心が傾くあまり、迷妄に陥っている。私はそう言わざるを得ない。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/0b0a5cb91ae7e38e84bb127840c4dd2a


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