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生長の家政治連合と「今の教え」を考える/2

4221アクエリアン:2016/04/09(土) 09:28:45 ID:fJvizyYg
世紀の失態外交・・・実はこうなることは昨年夏の「70年談話」以来、十分に予見できたことであった。・・・「安倍さん、これはいくら何でもやりすぎでは・・・」「さては、70年談話で≪味をしめた≫ということか」・・・その意味するところは昨夏の「70年談話」では、文飾の巧みさに幻惑されて、その主旨が村山談話の立場を鮮明にした内容だったに拘わらず、なぜか保守論壇の一部では逆に支持されて、期待以上に首尾よく乗り切れた。
それゆえ今回、河野談話を「ゆるぎなく継承していること」を全世界に示した日韓合意であっても、保守陣営の安倍応援団は前回と変わらずきっと支持してくれるに違いない、と「柳の下の二匹目のドジョウを」を期待してのもの、ということだ。

おざなりの自虐外交、・・・アメリカのいつもの「場当り外交」の犠牲にしてよい問題ではない。そもそも福沢諭吉の時代から「変転やむことのない」とされた朝鮮半島の一時的な外交ゲームに国家の基本問題を譲り渡してよいのか。韓国はいずれまたすぐ、中国にすり寄るに決まっているではないか。にも拘わらず「政治的・外交的には成功では・・・」と評する知識人もいるが、国家の基本問題と一時的な外交ゲームを混同してはならない。
百歩譲って、直後に、北朝鮮が核実験を「やってくれて」日韓合意への日本人の当初の衝撃は若干後景へ退いているかも知れないが、この慰安婦合意の内容は、何があろうと超えてはならない一線を明らかに超えている。・・・

しかしここでさらに少々視野を広げてみると、今やこうしたことが安倍政権ではひとつの流れとなっていることが見えてくる。

なぜ最後はいつも譲るのか・・・世界広しと言えども。この安倍政権ほど、国家としての建前や従来から発信してきた自らの歴史をめぐる言動と、最終的な結果として後世に残すことになる為政者として或は国として明確にコミットした歴史認識との間に、これほど大きな譲歩と前後を通じこれほど極端な落差がついて回るような選択をする指導者の事例は、古今東西、ほとんどないように思う。・・・そのような譲歩は、本人にとってだけでなく、国家と民族の未来にとって命取りになることを誰しもが知っているからである。
・・・そうした点での譲歩を繰り返して「世界の侮りを受ける」ことほど国として危ういことはないのである。・・・そして言うまでもなく国家指導者の場合、歴史問題で一旦、対外的に明確にしたことは、「結局、周囲の包囲網にはまったのであって、実はあれは総理の真意ではないのだ」などということは言い訳にならない。

これこそ、一部の保守論客による悪しき政治宣伝、良く言って贔屓の引き倒しにすぎない。
繰り返すが、目前の「政治」の都合で自らの真意が貫徹できないのであれば、始めから歴史の問題には触れてはいけないのである。

『歴史通』3月号中西輝政氏論文より


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