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生長の家政治連合と「今の教え」を考える/2

2200神の子さん:2014/07/24(木) 19:31:07 ID:QeDx0zg2
>>2199 続き

 その証拠に、2013年、中国共産党の機関紙である人民日報が、第二次世界大戦の終戦日に当たる8月15日に、ほぼ一面全面を使って、靖国神社参拝問題と尖閣諸島と
領有問題に関する論評記事を掲載しました。ちなみに、日本の新聞はこのような重要な情報をほとんど報道していません。
この記事は、「国際条約の視点から尖閣諸島、中国名でいえば釣魚島の主権が中国にあることを論じる」という題が付いたもので、「尖閣諸島は日本が盗み取ったものであって、
カイロ宣言やポツダム宣言の内容、サンフランシスコ平和条約などが決めたものという点では、尖閣諸島の中国領有が正しい」ということを言っています。

 もっとも、これは中国独自の言い回しです。そもそも無人島に近い島の領有権は、その島の地図を持っているかどうかで決まります。
日本は1930年に、日本陸軍が尖閣諸島に上陸して測量を行なったおり、世界で尖閣諸島の地図を持っているのは日本だけですから、日本国の領土といえるでしょう。
しかし問題は、人民日報の論評で、「同宣言で確定した日本の領土は尖閣諸島を含まないばかりか、沖縄さえ日本の領土ではないのである」と明確に記載していることです。

 これは現在の中国の考え方を代表したものです。もちろん、中国共産党の機関紙、人民日報の一面の論評ですから、中国は真面目に論じていると考えるべきです。
つまり、中国が近い将来、沖縄を攻めるのはまず確実であると考えられます。そして、それに備えなければなりません。
 沖縄を守るのはかなり大変です。もともと沖縄は日本でも中国でもありません。
かつて琉球王国であり、完全に独立していました。琉球王国は日本と中国という大きな国に挟まれていたので、中国にも朝貢し、日本にも朝貢して、それぞれに挨拶をして
贈り物を贈り、なんとか独立を保ってきました。

 奄美大島を中心とした奄美列島も、歴史的には琉球王国の国土でした。しかし、力で勝った日本が島づたいに奪い、幕末、ペリーが浦和に来る頃には、奄美列島は薩摩藩の領土に
なっていました。しかし本来、琉球王国の領土は、奄美列島から台湾の北の石垣島まででした。
このように整理すると、琉球、沖縄は「化外の地」(王化の及ばない所。教化の外)で、
けっして中国(当時はシナといいました。Chinaも同じ)のものではありません。

 中華思想というのは「周辺国も自分のもの」という概念ですから、中国は、チベット、新疆、ウイグル、内モンゴル、
満州、台湾、そして琉球もすべて自分の領土だと主張します。では、領土獲得のために、現実的に中国はどういう政策を立てているのでしょうか?
政府発表などから推論すると、まず尖閣諸島を取る、それから沖縄を取ることから始めます。

 沖縄を取る時期は、2050年ぐらいを目途にしていると考えられます。現在、日本は石油などを節約して、少しずつ国が小さくなっていっています。
先に説明したように、現在の日本の一次エネルギー使用量は石油換算で6億キロリットルですが、これに対して中国はもうすでに13億キロリットルぐらいに達しています。
したがって日本の国を1とすると、中国は2.5ぐらいの大きさの国ということです。

 ちなみに、尖閣諸島の事件が起こった時期は、日本のほうがはるかに大きく、中国の3倍くらいでした。


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