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「本流対策室/4」
700
:
志恩
:2012/11/02(金) 08:38:56 ID:.QY5jUA6
トキさま
《信仰的和解》、この言葉は、トキ様は、よく使われる言葉です。「和解派」の皆様もよく使われます。
信仰的和解とは、相手があり、その相手と不和であり、それを信仰の教えに照合した上で,和解を実行し、互いが、調和することですよね。
《雅春先生のご意志》は、たとえ孫でも、見解の違うものとは、和解という名の妥協をしては、ならない。
というものだと存じます。
もしも、雅春先生が、生きて神界から現世に、降臨されてたとしましょう。
そうしましたら、真っ先に,される事は,何だと,思われますか?
私は、雅宣さんに、即座に総裁の座から降りる事を、命ぜられると存じます。
それは、8年間,雅春先生に、私がおそばに居させて頂いた生の体験でわかる
雅春先生の感性です。
和解に、信仰的がつくのですから、生長の家の場合、
雅春先生が神界から天啓を受けられた、もともとの教えそのものに回帰し、実行すること。
つまり,雅宣さんが、本来の生長の家の核の部分を理解し、雅春先生を尊敬し、親や、追い出したご兄弟たちに懺悔し、
本流にも自ら呼びかけ、お詫びをし、心を総取り替えして、生長の家の教えに帰依することが、信仰的和解です。
総裁を継承した人間が、信仰的和解を、まったくしていないのです。
そのことを、すべて、あなたがたは、われわれ本流になすりつけてもだめです。
だから、いつまで経っても解決の糸をたぐり寄せられないでいるのです。
あなたたち《和解派》が、本流を責めて,本流を潰したとしましょう。あとに残るのは、なんなんですか「今の教え」しか
残らないではないですか。つまり、本流を責める人達は、いまの教団の延命を図っているものたちだという結論に達するのです。
それは、愚かな 未来にたいする「想像力の欠如」と言わざるを得ません。
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