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「本流対策室/4」
623
:
さくら
:2012/10/28(日) 13:50:50 ID:sCkEabIg
>>610
山ちゃんさま
こちらこそ、度々、お返事の労をかけまして申し訳ありませんでした、丁寧なお返事、ありがとうございます。
山ちゃんさまの説得力のあるお言葉に納得し、貴重なお話を聞かせて頂き感謝しております。
仰るように、表面の知識だけというのではなく、体験や自分の内部に、響くものを蓄えることが大切であるのですね。
そういう背景への理解がないと、やはり言葉の行き違いや解釈の表面のすれ違いで、的確な議論しづらいことがあるということかもしれません。
そういう意味でも、経験不足のものは、先輩方に学ぶことがあると思いますし、
わたしも生長の家のなかで、尊敬する恩師がいて、やはり言葉以上に、信仰姿勢や普段の深い愛念からくる、経験や心の蓄えみたいなものを感じるのだな、とおもっておりました。
温故資料館といえば、山ちゃんさまもよくご存知だと思います、唯心実相哲学の講話を得意とされた先生がいらっしゃいましたが、
わたしも講話を聞いて感心し、ある時、その先生がどのように「生命の實相」を勉強されているか聞きに行ったことがありました。
すると、先生が、自分の机に連れてってくれて、勉強ノートや資料の整理術を見せてくれたんです。
特に印象的だったのは、箱の中に作ったじゃばら状の検索カードで、例えば、「神」の項…「罪」の項…「病気」の項…など、すべて必要な内容の箇所を、よく整理された項目で、生命の實相から、即取り出せるようにカテゴリー化されたものでした。
頭のきれる方なのだな、と思いました。
その先生が仰ってましたが、一度、清超先生に、こう提案されたことがあるそうです。
「雅春先生の実相哲学は、哲学としてもすばらしい「神学大全」ができると思いますので、神、罪、実相…など、カテゴリーに分けて編集し、哲学大全集として出版されたらいかがでしょうか」と。
すると清超先生は、
「「生命の實相」を編集し、分類し研究したからといって、ほんとうの意味で、生命の實相を、つかめるものではないからね。」
と言葉少なに仰ったそうです。
その先生は、その言葉を聞いて改めて反省し、生命の實相を掴むということ言葉以上の中にある深いものを感じたそうです。
聖典も、言葉の表面をつかまえて、人や物事の判断の根拠にしてないか振り返るのは、とてもたいせつなことなのですね。
(……ふかくて、むずかしく、まだまだ自分の、理解にはいたりませんが、。)
これは、和解派、本流派と言わず、両方に言えることかもしれないですね。
経験やうちに響くものを蓄えた山ちゃんさまのような方が、雅春先生の資料の作成に携われて残すことは、とても価値あることだと分かりました。
こういう意識も、いまの教団には欠けていることですし、ほっておけば、どんどん失われることと思います。
貴重なお話をありがとうございます。
山ちゃんさまの、ご貢献に感謝し、今後のご活躍をお祈りしております。
さくら拝。
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