[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
「本流対策室/4」
564
:
さくら
:2012/10/26(金) 12:30:47 ID:7H6I.2KA
(つづき)
わたしは、はっきり根拠を示す前から、宗教的見解の違いを、まるで個人の生理的好悪や感情論で判断する、過剰反応するという類のことには、たいへん抵抗がありました。
現に、新経典は、「災害を起こす」や「病気になる」などと煽ったことで、宇治に霊牌をだした信徒さんが、ここでも、不安な気持ちになっていました。
そんなことで、人の気持ちを煽るなようなことは、わたしは、宗教は、慎重になるべきだとおもっています。
また学びの場で、「多様性」という言葉を使ったことで、雅宣総裁を思い出すのでアレルギーがあるなど、わたしは真理の前にこのような生理的好悪の安易な反応には、やはり、どうしても賛同はできません。
そういう過剰反応は論外であり、この掲示板でこのような話し合うが行われることで、
そんな表面の言葉に踊らされず、具体的な中身が明らかにされることは、意義あることと思っています。
みなさまが言われるように、どちらが正義かと決める問題ではないですね。
山ちゃんさまのような冷静で全体的な判断力を持つような見方であれば
雅宣総裁の生長の家の指導者として、また宗教家として正すべき点、間違いは間違えとして指摘し、その点は、本部体制も素直に反省して当たり前だと思っています。
そして、生長の家のみ教えの原点に立ち返ることが大切である点から、
和解派の方も、そのために、聖典を根拠に学びながら、
根拠はすべて聖典にあるのではないか、と主張をしていることは、ご理解いただきたいと思っております。
雅春先生のみ教えを守りたい強い想いは同じなのではないでしょうか。
決して、雅宣総裁擁護のためではないではないとおもいます。
その指摘するやり方において、信仰の立場に立つことが大切であり、み教えの中心を学ぶことの大切さを改めて考えさせていただきました。
訊けさまがはってくださった以下のご文章は、
悪くみえる現象を捉えてそれをありとするのは、まさに自分の心であり、それを悪と認めて排除するのではなく、
自分が虚説ありと認める心こそ改め、内なる神に従うことを説いてくださっているのだとおもいました。
こういうことは、家族関係という小さな枠をこえて、普遍的真理だとわたしは感じています。
○「妻が夫にハイという限界について」
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65633841.html
わたしのような色々ものをしらないものに、大きな心でご指導くださいますことを、心より感謝しております。
さくら拝。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板