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「本流対策室/4」

519アクエリアン:2012/10/24(水) 18:13:41 ID:Y34l9q96
志恩様

宮澤先生の、「護法のたたかい」というお話しのご紹介転載ありがとうございます。

それから、私のブログの記事の転載ありがとうございます。

私のブログの記事をよく読んでいただいているようで、恐縮しています。

宮澤先生が「護法のたたかい」で述べられていますように、いかにして、開祖谷口雅春先生の教えを護っていくのかに、意識を向けていかなければならないのだということですね。

ここで、本来の和解とはどうあるべきかが議論になっていますが、それぞれ考え、解釈が違ってくるのは仕方がない。

まあ、この議論は、じっくりやればいい。

より、教えの理解が深まることでしょう。

この議論は、双方が高められるようなやり取りでなければならないと思うのですが、これはなかなか難しい。

文字だけのやり取りである、掲示板の限界かも知れません。

そして、いつかは、、双方、真の、宗教的和解に到達するでしょう。

これは、時間が解決してくる。

いまは、現象の和解である裁判の判決で、まずは、よしとしなければならない。

というのも、いま、第一義にしなければならないのは、宮澤先生も説かれているように、「護法のたたかい」であるからですね。

生長の家の使命である、人類光明化ということを考えれば、優先順位度が違ってくるのですね。
(これは、私の判断ですが)

そして、いかにして、より多くの人に、開祖谷口雅春先生の教えに触れてもらうか、について考えていかなければならない。

この掲示板を読んでいると、教団では、生命の実相輪読会が禁止されていたり、教団の行事では、だんだん、生命の実相が使われなくなっているようで、開祖離れが、意識的に、ある意図、ある意思の元で、行われているようです。

では、生長の家を名乗る教団が、このような、開祖離れ、開祖の教えの隠蔽を、ある
意図、ある意思を以て行っている場合は、やはり、闘っていかなければならない。

谷口雅春先生は、「我ら日本人として」において、行動の重要性について、次のように、説かれている。

ーーーーー

さて、此の光明思想の運動を、ただ神想観をして神にまかせておったらいいというように誤解している人もありますけれども、行動を伴わない信仰は空念仏であって本当の信仰ではないのであります。本当に信念が出来たら、信念の通りに動き出すという衝動が出て来なければならない。そしてそれが行動化されなければならない。

谷口雅春先生著「我ら日本人として」より

ーーーーーー

まさに、ここに説かれているように、この「護法のたたかい」も、人類光明化運動の主要なパートを担うのですから、どうしても、実相の完全円満の祈りと共に、具体的な行動も求められるというわけです。


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