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「本流対策室/4」
472
:
「訊け」管理人
:2012/10/24(水) 06:56:22 ID:???
おはようございます。さて何から語ればよいのやら・・・話がかなり進んでおります。以下ツラツラと語ってみます。
現在本流派で、正々堂々の論陣をはっておられるのは「靖国見真会」殿ただおひとりです。これが私見です。理由はかの御仁、堂々と聖典準拠の論拠をもってご自説を展開されておられます。曰く「〝離婚〟というかたちでの和解もある」と。こういう方ならば「やり取り可能」であります。なぜと申せば言うまでもなく、
○ 論拠が明快であり、
○ 論点移動されず
○ しかも論拠が(「守れ」と仰っておられる)聖典に基づいている。
ためです。この様な知的誠実さを以てのやり取りに期待、する次第です。
なお「靖国見真会」殿に以下、再度お伝えします。
以下は以前、復興Gさまがご謹写くださったご文章であります。これを論拠にするならば「学ぶ会」ですが、組織員も移行しやすくなるのではと思う次第です。貴殿はいかがお考えでありましょうか。
○「妻が夫にハイという限界について」
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65633841.html
追伸
なお「訊けはイザコザが絶えない(=和解を言う資格なし)」に関して。言いたいことは以下二点です。一点目はまず、
○むろんその通りです。現象の自分ですが完全に「修行中の身」
というものになりましょう。現時点での私ですが、完全であるわけがありません。ですがこれ、「自分ができていない」からとてその自分、正当化する真似は、致しません。意味補足するならば、「いくら雅春先生が和解」を申されておられようとも、「自分は出来ない」からとて和解ですが、「=だから俺は和解〝しない〟」とはならない、という意味です。この様な短絡思考は採用「せぬ」という意味です。話しをつづけます。さらに言いたいことの二点目は、
○ 「和解」とは私の主張なのではなく、雅春先生の御主張である。
という点です。
いくらこの訊けが不調和であろうとも(=言いたい事は多々あれど)、それは皆さんの信仰には何ら関係のないことです。この「和解」の主張者が私ならば、皆さんが従う必要はないとは申せこれ、この「和解」ですがいったい、これはどなた様の御主張でありましょうか。その点を晦まされることのなきように、お願い申し上げます。
和解を言っているのが「私」ならば、皆さんは従う義務はございません。ですが、皆さんは従う義務がおありなのではございませんか。なぜと申してこの「和解」、私ではなく「谷口雅春」先生の御主張では、なかったですか。
拝
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