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「本流対策室/4」
385
:
解説者
:2012/10/20(土) 10:44:47 ID:???
志恩様
>「光明思想でないものや、ばい菌や、和解してはならないものとは、和解してはならない。」と
「信仰としての和解の定義」を、いくつも説かれておられます。
「実相と和解せよ、とは、悪と見える現象とは、仲良くするな、和解するなということです。」
完全に同意します。
しかし、「悪と見える現象」を暴き立てて批判することを以前、志恩様は「神意である」と断言されましたね。「悪と見える現象」が消えて本物の実相が顕れてくるのだ、と。
私はどうしてもそうは思えないのです。なぜなら、「『悪と見える現象』はナイ」というのが生長の家の説く「唯心実相」の教えではありませんか。
谷口雅春先生著『希望を叶える365章』P179に「『悪』と格闘してはならない」と、書かれていますので、謹写させていただきます。
時々私たちは、「神の創造(つく)り給えるこの世界には『悪』が存在しないのである」と云う眞理を忘れてしまって、恰も神の創造り給うた世界に「悪」があるかの如く、悪と取り組んでガタガタ格闘していることがあるものである。悪を〝真実存在〟すると信じている限り、悪は〝真実存在〟でないにも拘らず、その信念に支えられて消えようとはしないのである。いつまでガタガタやってみても、それは消えはしないのである。
それよりも「悪」を消そうと思ったならば、神想観して「神の創造り給うたこの世界には『悪』はないのである。神は愛であるから、唯、善のみを私に与えたまうのである」と、ただ「善のみ存在する世界」を心の眼でジッと見詰めるようにするがよいのである。神があらゆる事件の中に、存在したまうて、一切のものを調和ある状態にあらしめておられることを本当に自覚して、それを念じつづけるようにするならば屹度、如何なる事件も結局は円満に調和した状態に解決するものである。
祈りを具現化するための行動についてですが、信徒一人一人が「『悪と見える現象』はナイ」という「唯心実相」の教えに立ち返り、それを多くの人々にお伝えすること。それに尽きると私は思います。私は組織活動はしておりませんが、自分の与えられた場所で取り組んでいます。
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