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「本流対策室/4」

324「訊け」管理人:2012/10/19(金) 16:02:43 ID:???

<参考資料3>

『善と福の実現』14頁より謹写――

 世界の根源が神であり、神が善であるとわかったならば、そして神のみがすべての渾てであるとわかったならば、世の中に悪意ある対立などありようがないのである。「敵がない」という人生観にならなければならないのである。「敵がある」と云う人生観に立つ限り、自分の妄想によって「敵」を描き、描くゆえにその「敵」が現実にあらわれ、ついにその敵のために敗北せしめられると云うことになるのは、古今東西の実例によっても明らかなことである。
 「敵」だと思えば、敵でないものが敵とあらわれて来る。すべての存在は「敵」ではない、「善意」と「愛」とをもって吾々に何かを互いに貢献し協力すべく与えられているところの存在と信じ、現実に「敵」とあらわれていても、それは敵ではないとして「実相」の善を信頼して厚遇するならば味方となってあらわれて来るのである。
 敵があると信じ、不調和が存在すると信じ、それに対して身構えすることは、神の善意と、その無限力とを信じない不敬の罪だと云わなければならない。


<付記>

※ 聖典準拠の総裁追放策ですが、もう、これしかないと思います。本流派の方々はいかがお考えでありましょうか。
 
『幸福を招く365章』186頁より謹写――

<「迷い」はどうしたら消えるのか>

 心の「迷い」を無くするには、「迷い」を捉えて破壊しようと力む事は要らないのである。それは却って自分の心が「迷い」を掴むことになって益々大いに「迷う」ばかりである。「迷い」を無くする唯一の道は、心を「迷い」から一転せしめて、「人間」の本来完全なる相を見詰めるようにすれば好いのである。自分の病気を癒すには、自分の病気を見詰めないで、自分の実相の完全さを見詰めれば好いのであるし、他の病気を治すには、彼の病気を治そうとか、病気をどうしようとか思わないで、ただ彼の完全さを見詰めれば好いのである。全世界の人々が、ただ、他の善のみを見詰めるようにすれば忽ち平和は来るのである。

 〝自分が〟祈る力や、自分の思念力によって不幸や病気を退散せしめようなどと思ってはならないのである。われわれが善き言葉で祈り、善き想いを想念したならば、あとは神が成就したまうのであると知らなければならないのである。それは種を蒔くのと同じことである。善き言葉又は善き想念を述べることは、大宇宙の創化力の沃地に、善き種子を蒔くことになるのである。その種子を育て生長せしめたまい実を結ばしめ給う力は神にあるのである。吾々は自分の力で、蒔いた種子から茎や葉を引張り出そうなどと考えてはならないのである。「吾れはただ善き想念の種子を蒔く、これを育てたまうのは神の力である」と念じて、静かに神に全托せよ。

<了>


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