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「本流対策室/4」
323
:
「訊け」管理人
:2012/10/19(金) 16:02:09 ID:???
ハ、ハ、・・・・ハ ク シ ョ ン ッ !
・・・・・・おお今日も誰か、オイんこつを噂しよるなあ。ほんなこて・・・・
追伸
くしゃみした際思わず、手が滑って投稿してしもうた・・・・↓
<参考資料1>
『生命の實相』38巻(幸福篇下)47頁より謹写――
人間たちが互いに憎み合い、互いに悪口を言い合うのがわたしには不思議でたまらないのである。憎みや悪口の中には地獄があり、愛と讃め言葉の中には天国浄土があるということを知っていながら、それらの人々は憎み、かつ悪口を言い合っているのである。
互いに排斥し合う者は「生長の家」の誌友ではないのである。いわんや「生長の家」の講師ではない。それは地獄の役員であり、閻魔の庁の衛丁(えいてい)ぐらいのところだろう。
「生長の家」のためにならないからといって、ある人を排斥するのはまちがっている。「生長の家」はそんな小さなものではない。生長の家のためにならない人間などは世の中にないのである。毛虫でさえも世の中に何か貢献している。いわんや毛虫に幾億倍優っている人間においておやである。ある人間を毛虫のように思って排斥する人は、その排斥する方の人自身が毛虫のような心をもっているのである。
毛虫が人に嫌われるのは、自分を衛(まも)るために人の不快がる装いをして平気なことである。自分を衛るために、人の迷惑になる悪口を言う人は毛虫の心である。
<参考資料2>
『生命の實相』38巻(幸福篇下)122頁より謹写――
なんじの愛の乏しきを嘆け。
なんじの心に審判の満ちたるを嘆け。
なんじの心に虚偽の満ちたるを嘆け。
働きを惜しむ心を嘆け。
真理がなんじの心のうちに未だ顕われざるを嘆け。
本物を覆い隠す泥棒のみ
主人公の顔をしてなんじのうちに幅を利かせていることを嘆け。
なんじの物質精神を嘆け。
「本当の汝」はいずこにいるぞ。
それでもなんじは「真理」を悟ったというか。
『生命の實相』を読んだというか。
いな、いな、いな、断じて。
真理はなんじの中にいないのである。
「本当の汝」はなんじの中にいないのである。
「本当の汝」をなんじの中に呼び戻せ。
なんじは癒ゆるであろう。
(つづく)
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