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「本流対策室/4」

1700さくら:2013/01/06(日) 22:30:34 ID:e8ieIrPA
余談になりますが…

お釈迦様にマールンキャという弟子がいたそうですが、『マールンキヤ経』というものにこんな話があるそうです。

この弟子が「宇宙は有限か無限か」「霊魂は不滅か、不滅でないか」
と形而上学的質問をしましたところ、
お釈迦さまはその質問には答えず、
「マールンキャよ、例えば、ここに、毒矢にいられた男がいて、友人が駆け寄り矢を抜こうとすると、その男は、この矢を射た者は誰か?どんな毒なのか?弓はどんな風で何処から射たのか…それがわからなければ、矢を抜かない、と言ったら、君どう思う?」と言われたと。

…よく知らないので、個人的感想ですが、
お釈迦さまは、宗教的救済の本質をついておられるように思いました。

どこかで、養老孟司さんが、「阿含経典」の解説を読んだら、自分が脳科学の分野で考えたことがすべて書いてあったとかいてましたが、
お釈迦さまは、例えば…今の最先端の脳科学や量子力学的な科学さえ見抜いているような真理を悟られています、
だけど、立派な理論で宇宙の真理を知っても、
目の前で「毒矢」が刺さる人が苦しんでいるのに何もできないとしたら、真理もなんの役に立つのかということを、諭されたのだと理解しました。
…もちろん、だいたいの苦しみは無知から起こるので真理の法則を知るのは、一番たいせつなことですが、
ただ、苦しんでるひとには、「毒矢」をまず抜いてあげることは、宗教の救済にも、必要ではないか、ということとおもいました。

飢えてる人には食べ物を与えたいとおもい、寒さに震える人には毛布を与え、苦しむ人がいれば、それを取り除きたいと思う…
そういうところからの出発が、どの宗教にもあるとおもうのですが、
いくら立派な政治政策を論じても、現代社会の問題点を述べても、
…やはり人に向き合えない、人を救えなければ、宗教とは、なんだろう…と考えてしまいます。
個人では、地道なお世話活動をしてる人はたくさんいますし、
こういう方々こそ、信仰運動の姿があるとおもうのですが、
総裁はこういう地道な活動には、心を配ってはいないようですし。

…生長の家の組織全体の活動体質には、こういう点が欠けてしまうるのかな、と感じます。

近代は「宗教の世俗化」された状態といわれ、宗教に代替する「サービス」が「消費」されるようになりました。
つまり「それ、宗教じゃなくてもできるんじゃない」ということがあります、
医療、介護、教育、政治、
慈善事業、カウンセリング、人助けも…みんな代替団体が請け負います。

国政も環境問題も…もちろんこれは欠かせない問題ですが、
まず、宗教は、こころや魂のもんだいに、取り組むべきこととおもうのですが…
どうなのでしょうか。

「宗教」でしかできない運動があり、
信仰で救われる、「魂の問題」があります。

むしろ、政治や社会政策が行き届かないところ、あるいは心のより本質的な問題に手を差し伸べるのが、ひとつ、宗教の大きな役割であるとおもいますが。

組織活動の一律化を強いられない、いま宗教的救済のため「生長の家」に何ができるかを自由に話し合えることを、個人的には、望みます。


…乱文失礼しました。

またどうぞ、
ご指導頂きましたら、幸いです。

さくら拝


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