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「本流対策室/4」
1383
:
「訊け」管理人
:2012/12/07(金) 19:20:01 ID:???
◇ 懺悔の神示 ◇
汝らのうち病める者あらば、吾が教えの先達(せんだち)の許に来たりて祈りを乞い神想観の指導を頼め。吾が教えの先達は吾が言葉を受けたるものなれば、彼の言葉汝を癒さん。心に省みて罪ありと思うものは、教えの先達に包むところなく懺悔すべし。吾が教えは、『罪』の無を説く。本来『罪』なければ、懺悔も不要なりと思うは過(あやま)れり。『罪』は本来『暗(やみ)』にして光にあうとき自滅すれども、包みて光に会わしめざるときは、闇はそのまま闇にして滅ぶるものには非ざるなり。罪の価は死なり。罪を包みて光に会わしめざる結果は死なり。世の人々よ、悪を包み隠すことなかれ。悪を包み隠すは、なお悪に執着せるがためなり。罪の暴露を恐るるはなおその罪に執着せるがためなり。
『本来罪なし』の吾が教えを聴きて増上慢に陥ることなかれ。本来罪なしの真理を知るものが、何ぞ罪の暴露を恐れてそれを蔽うことを敢えてせんや。『罪は本来ないからこれで好い』と自らを偽ることなかれ。みずからを偽ることは罪の第一なり。そは、みずからを包み隠し、その本来相の顕現をさまたぐるが故なり。されどまた罪を一旦懺悔したる以上は、再びその罪に心を捉えられて、神の分身なる自己の心を苦しむることなかれ。罪は懺悔と共に消ゆるなり。暗は光の前に暴露さるると同時に消ゆるならずや。懺悔せざるものの罪は消えず、暴露されざる暗の消えざるは当然にあらずや。懺悔は密室にて行なうか、手紙に書きて教えの先達に送りても宜(よ)し。されど暗の前にいたずらに悪評する民衆の前に、罪を暴露しても何の効なし。暗に暗を照らさしむるとも何の甲斐かあらん。人は一たび真に懺悔するとき、その刹那よりその全存在は洗い浄められたると等しく、本来の神の子たる円相をあらわす。真に懺悔せる後は汝ら心安かれ。汝らは吾が真子なればなり。吾汝らと一体なり。聖霊(いのちのいき)汝らに交通し、汝らの霊(みたま)殖えて汝ら無限生命を得ん。
汝らのうち病める者あらば互いに祈り合うべし。互いに祈り合うとき、吾が力汝らの上に来たらん。自己が癒さるることを祈るはなお自己の利害にとらわれていることあり、互いに祈り合うとき愛の心あらわれ、神の霊波そのままに汝らの上に感ずべし。病める人のために、その人を訪れて、祈り、且つ神想観をなすべし。祈るとき、金を惜しむ心、金を欲しがる心、いずれも神の霊波に波長の合わぬ迷いの波動なりと知れ。地方の信者たち互いに団結して祈り合え。家族同士互いに祈り合うべし。祈りて癒ゆるとも自己の力にあらず、神の力なり。本を忘るべからず。愛を竭(つく)し合い、神を敬すべし。この世界は光と迷いの反影が交錯してあらわれている映画なれば、迷を一日も早く消すが世の苦難を救う唯一の道なり。
(昭和七年八月十二日神示)
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